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《2012.11月−7》

小倉を描きながら、小倉への愛情を感じない
【LAND→SCAPE/海を眺望→街を展望 (北九州芸術劇場)】

作・演出:藤田貴大
17日(土)18:00〜20:10 北九州芸術劇場 小劇場 1,800円


 練り上げ不足でかなり雑駁で、たまにおもしろいところはあっても、全体的にはたいくつな舞台だった。脚本・演出の見直し、演出・演技の練り上げ、そして十分な稽古が必要だ。

 子どものころに小倉を去った男が小倉に来た。友だちと深夜の町を歩く。その友だちの1人は大学進学で小倉を離れたが、小倉に戻ってきたばかり。
 そんな彼らに絡む人たちの現在と、男やその友人の妻が小倉を離れた10数年前の時点の過去が描かれる。

 小劇場の中央が広い舞台で、四方を客席が囲む。舞台には十字型に幅30センチほどの水路があり、その交差点には時に天井から水が落ちてくる。天井には3分割された漁船の底が見える。開幕前から俳優たちは舞台に出たり引っ込んだりしている。
 開幕したら、セリフやシーンを10数回も繰り返し(リフレイン)ながら進行していく。だがこれが時に舞台のテンポを阻害してしまっていて、ギクシャクしたり鈍重だったりでかなりたいくつ。その原因は練り上げ不足が大きいが、リフレインという技法の限界もありそうだ。

 脚本については、作者の小倉の町への思いの薄さが露呈していた。
 小倉で作るからといって小倉を舞台にする必要はないのにあえて小倉にこだわりながらも、海の近くの町ならどこでも通用する小倉を感じさせない脚本だ。やたら固有名詞を連呼することになったのは、小倉をイメージできるまでに表現が高められなかったためだ。
 10数年の時間の重みを媒体として、かって営んでいた生活のいとおしさが増幅されてきてこその脚本なのだろうが、リフレインしながらじわじわと状況はわかってきても、わかってくるだけでそれ以上の感興はない。2つの“死”を持ち出すまでもなく思いは描けたはずだ。
 魅力的なセリフがないこともないが、リフレインに耐えるほどには練り上げられていない。演出や演技を考えてかリフレインするセリフの長さなどにバリエーションがなくて、単調になってしまった。

 演出はかなり雑駁だ。多すぎるキャストを整理しきれていない。
 リフレインとは“アングルを変えた反復”であるということだが、ここでは“単調な反復”にしかなっていない。だから何回反復されても新しいものは見えてこない。ストーリーはわかっても、舞台が大きく広がっていくことはない。
 雑駁さが特に目立ったのが10人以上が一度に動くシーンで、ほとんど闇雲にやっているように見えた。ユーモアを狙っていてもバシッと決まらないために、狙ったユーモアではなくて甘さや闇雲さが誘発するおかしさに堕していた。そんなおかしさをヤケクソで楽しむことになってしまった。

 オーディション組の演技と「マームとジプシー」の俳優の演技の差は大きい。
 出演者は、オーディションで63人の応募者から選ばれた17名と「マームとジプシー」の3名の20名。カナメの役は「マームとジプシー」の俳優が演じて引っぱる。
 オーディション組の俳優は力量の幅が大きくて、発声と動きの悪い俳優が多い。稽古が十分とはいえないようで、表現の方向性が統一されておらず一体感をだすところまで行っていない。

 この舞台は北九州芸術劇場プロデュースの第6作目で、13日から18日まで8ステージ。ほぼ満席だった。来年3月に東京のあうるすぽっとでも上演される。


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