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《2013.3月−10》

よくできた戯曲だが、舞台はやや雑駁
【台風 (ぐにゃり)】

作・演出:谷岡紗智(さちん)
30日(土)19:35〜21:00 STAGE MARO(佐賀)1,200円


 イジメの問題に正面から取り組んでいて、構成もうまくてよくできた戯曲だ。ただ演技と演出が弱くて舞台はやや雑駁な印象で、戯曲の面白さが完全には引き出されていない。

 イジメによる生徒の自殺事件があった翌年。いじめ事件を起こした生徒が3年生に在籍する中学の3人の教師。かれらが道徳の時間などのいじめ対策をまかされる。

 3人の教師をかなり典型的にして、立場を明確にしてからませる。
 中年の男性教師・菅原は“長いものには巻かれろ”という生き方で、出世欲があるのにサボリ志向。中年の女性教師・宮田は、まじめで意欲はある。若い臨時講師・大林は、正義感を持ち直情的だが、気弱なところがある。
 菅原らの圧力とイジメ生徒からの恫喝があって、イジメの事実を隠蔽してしまったことに宮田が悩んでいることがわかってくる。そんな学校の体質を知った大林は、マスコミに内部告発文書を送ろうとする。

 舞台のテンポはいい。長くても15分くらいのシーンを積み重ねて、グイグイとイジメの問題に喰いこんで行く。
 3人だけの出演者だが、衣装を変えたり紙の仮面をつけたりして別の役を演じたり、手遣い人形を使って場面を作ったり俳優と掛け合わせたりする。特に手遣い人形については、道徳の時間や文化祭で上演される人形劇の範囲を超えて、人形に役を演じさせることで多彩なキャラクターと場面を実現している。

 イジメの問題が、よく捉えられて表現されている。
 本人のみならず娘にまで危害を加えるとイジメ生徒から脅され、それを排除できない宮田の絶望と恐怖が実感として伝わってくる。そこまで描ききっており、そこを通して、自殺した生徒の絶望と恐怖もまた想像させられてゾッとする。
 そのことを核にして、事なかれ主義や隠蔽体質や教師間の差別やイジメがあって、自らの保身のために生徒の自主的な芽を摘み取ってしまうことも厭わないという、学校の問題体質を浮かび上がらせる。
 そのような深刻な内容なのに、作者の目は変幻自在に移動して、やや遠目に見て突き放したかと思えばクローズアップして対象に肉薄し、ユーモアを交えた表現で問題の全体像に迫っていく。もう一歩踏み込んでほしいと感じるところがないこともないが、ここは大きく全体を捉えることに重点が置かれている。

 ただ、隠蔽体質のおぞましさが十分表現されているとは言い難いのは、菅原の軽薄さばかりが強調されていて、リアリティがなさすぎる演技にも問題がありそうだ。
 菅原の軽薄さは、シリアスな表現では重っ苦しくなってしまうところを徹底的には深刻にせずにユーモラスに突き放すことを狙っていると見るが、ここはブラックユーモアにまで高めてゾッとさせてほしかった。
 単純な正義漢ではない大林はうまく形象されていたが、内部告発に至る動機とそれをやめる理由、ゴミ箱に捨てる理由がよくわからなかった。そのためもあって、自ら首を絞める吊られた生徒の紐を切り、客席との間を仕切っていた紐を切って舞台を出て行くラストが、完全にはピンとこなかった。
 演出について言えば、手遣い人形などのアイディアが戯曲の中に書き込まれているために、作者自身の演出の幅を狭めた。力のある演出家が演出すれば、さらに面白くなるだろう。

 この舞台は、「家出」で2012年度の九州戯曲賞大賞を受賞した谷岡紗智(さちん)の受賞後第1作。谷岡は名島表現塾で毎月2本の戯曲を書いてきたという。「家出」の本公演は観ていないが、小耳プロジェクトで上演された「スイミング」はいい作品だった。
 この舞台は福岡で3ステージ、佐賀で1ステージ。佐賀公演はほぼ満席だった。


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