荒唐無稽なまでにデコラティブな舞台で、まったく受け付けられずに観つづけるのが苦痛だった。福岡演劇フェスティバルの共通チケットがあるのでと行ったのが間違いだった。
種子島への鉄砲伝来時、領主から見本の鉄砲を渡されて複製を作るように命令された刀鍛冶・八板金兵衛が、苦労しながら鉄砲の製造法を会得するまでを描く。
金兵衛が鉄砲のネジの製造法を学ぶため娘・若狭をポルトガル人に嫁がせてそれを修得したという映画化もされた伝承を、種子島氏と禰寝氏との争いを絡めて描く。それはいい。
金兵衛がなぜ関から種子島に来たのか、堺の商人や根来寺の人間がなぜ種子島にいるのか、というような話の前提となる当時の種子島の状況は示されない。
刀鍛冶である金兵衛の仕事場に鍬や鎌が並ぶ。人間がぶら下がって動かすふいごがあるとは思えないが、ぶら下がるだけで軸が動かないのではふいごの役はすまい。
人物像がある程度デフォルメされるのはやむを得ないとしても、金兵衛もそのまわりの人間も感情丸出しで幼稚過ぎる。
ネジができないので完全ではないにしろ非常に短期間に鉄砲の複製品を完成している。それには、当時の種子島の刀鍛冶の高い技術はむろんのこと、製鉄などの基幹技術や付随する加工技術がなければ成し得ることではない。それを統括する金兵衛があんなに幼稚で奇矯なわけがない。態度も毅然としていたはずだ。
火薬作りを命ぜられた小四郎は仕事をほっぽらかしてチャンバラばかり。かと思えば、金兵衛の体はひどい状態なのになぜかアッという間に鉄砲30丁ができあがっている。
そんなふうな、手前勝手に展開するためのどうしようもなく変なデフォルメが多すぎる。この劇団の初期の歴史劇はまだ素直でリアリティがあった。劣化が著しい。
演出も演技もどこまでもくどくて、ありもしない感情までをムリヤリ引っ張り出して大声でがなって観客に投げつける。感情は俳優が投げつけるものじゃなくて観客の中に湧き上がってくるもの。そんな感情の押し売りに拒絶反応が出てパニックになりかけた。こんな舞台はお断りだ。
この舞台は福岡演劇フェスティバル公募枠作品で、きょうとあす3ステージ。ほぼ満席だった。