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《2002.3月−7》

晦渋◇夢うつつ
【ここからは遠い国 (太陽族)】

作・演出:岩崎正裕
15日(金) 19:00〜21:00 西鉄ホール 3500円


 晦渋な作品だ。複雑な構造をとっている上に象徴的に表現されるものもあり、一見軽くテンポよく見せかけているところもあるが、カタルシスを拒否しており普通の意味で楽しいという作品ではない。
 描かれたものが夢かうつつかわからないうえに、しかけられた同道巡りや突然の飛躍や肩透かしや矛盾した認識などのトリックにつられて、こっちまでこの芝居を観ていることさえもが夢かうつつかわからなくなってくる。夢の世界へ連れ込む睡魔の波状攻撃だ。

 舞台中央の軽トラック。サリン事件後の教団崩壊の危機の時期に、カルト教団の信者ふたりが教団の荷物を運んでいる。が、突然に場面は信者のひとり・長南義正の実家に移り、彼は家には入らず軽トラックに寝泊まりしている。工務店経営の父と三人姉妹が家族だが、死んだばかりの母も幽霊で登場する。家族との関係はイライラばかりで絶望的だ。
 もうひとりの信者・兼光は教団回帰をめざし、それを応援する公安・日向はかれらとの関係を楽しんでいる風情だ。
 父の入院、従業員の離反などの厳しい家族の現実は、三女とその仲間がガレージで稽古する「三人姉妹」のセリフに仮託されて語られる。ほとんどやけくそで語られる「生きていきましょうよ」というセリフは、逆に生きていくことの困難さを際立たせる。

 そのような家族の話が、実は義正の回想、妄想だったという構造をとりながらなんとも現実的に描かれていて、そのあいまいさがむしろ作品の魅力だ。
 ストーリーからこの作品を一言でいえば、カルト教団がらみの家庭劇だが、家族と擬似家族の対峙を描いていて、絶望的な家族に対して擬似家族が優勢にさえ見える。しかしその擬似家族にも希望があるわけではない。教団を象徴するカナリアの籠にはついにカナリヤが入ることはなく空っぽのままだ。

 この作品は、1996年に書かれ、97年に第四回OMS戯曲賞大賞を受けている。岩崎正裕は自身を「現実に埋没しそうな自己の内部に潜在する狂気と、書くことによってやっと出会えるタイプ」としているが、この作品ではオーム事件に触発されて狂気が溢れ出たという印象だ。
 1999年に上演されたOMSプロデュース公演(演出:内藤裕敬)では印象がずいぶん違ったようだから、この戯曲の奥の深さがわかる。

 観客は70%の入りというところだろうか。
 4月の「転球劇場」など西鉄ホールにとっては芝居の質だけが勝負という公演が続く。定着を期待する。


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