劇衆南組の10周年記念の「シベリアの月」は、力のこもった作品で見応えがあった。「博多港野外芝居」と銘打たれていて、ロシアと満州と博多を結ぶ貴種流離譚にロマノフ家の宝物がからんで展開するスペクタクルだ。
野外芝居というから既存の野外舞台での公演か維新派風か牧武志風の路上公演か−などとめぐらした想像はみごと外れた。
舞台は床下に降りられるように高くしつらえてあり、座席もきちんと据えつけられている。舞台効果のためのクレーン車まである。地面にへばりついたようなテントよりは機能はよほど充実していて、屋根のない劇場といった趣きだ。
それでも、音も光も風もどんどん押し寄せてきて、博多の埠頭にいることをいやでも意識させられるが、それが演る側にとってのねらい目でもあるのは観ていってわかった。
ロシアのロマノフ王朝の秘宝である「シベリアの月」のふたつの宝石「希望の石」と「破滅の石」をめぐって、助けられて博多に生きているロマノフ家のアレクセイとアナスタシアと怪僧ラスプーチンとその手下が争うという設定だ。
既存のイメージ寄りかかりと手前勝手なストーリーで現実性がない、と責めたてるようなことではない。既存のイメージを使ってどこまで手前勝手にストーリーをふくらましきれているかがむしろこの芝居のポイントだ。そういう面からすれば、むしろ節度あるデフォルメといえるかもしれない。
それでも、人々の思いが入り組んだ状況の中を、強烈な思いを持った多彩な人物がうごめく展開は見応え十分ではある。
貴種流離譚ではあるがここは単純な流離ではなく、アレクセイもアナスタシアも半分生まれ替わっていて自分探しの要素が絡むという、かなり複雑な構成だ。
それを、かなり大げさな演技に加えて派手な衣装や照明や音楽で徹底的にしつこく引っぱって、これでもか!といわんばかりだ。しつこくたっぷりと耳元で艶歌をかき鳴らされている気分だ。
「破滅の石」が原因でロシア革命が起こったというような、ロシア革命を矮小化するようなセリフには少し引っかかったが。
観客を参加させるという演出で、10人近い人を舞台に上げるというのがなかなか面白かった。
俳優はそれぞれ魅力的だが、万丈と大島るびが切れ味のいい演技で見せる。久々に見る南新地はメイクのせいもあろうかやや老けたという印象だ。
観客は100人強だろうか。すこし空席があった。