ほんとにいい素材を見つけてきて、それをそのままシンプルに表現して抜群の効果をあげている舞台だ。
素材は、多く人の命が危機に曝される航空機事故。そこで重要な鍵を握るパイロットがその緊迫した場面でどのように対応したかを、CVR(Cockpit Voice Recorder)をもとに再現するというドキュメント・ドラマだ。
その表現の形は至ってシンプルで、装置は舞台中央に簡素な操縦席があるだけで、音響と俳優のセリフと若干の動きだけでの表現だが、航空機の乗客に見たてた観客に事故の状況を追体験させるほどの迫力だ。緊張しつづけて、そんなに長くない芝居なのに、観終わったらグッタリしてしまった。
6つの航空機事故が描かれる。アメリカが4、ペルーが1、日本が1。その日本の事故は、御巣鷹山のJAL123便の事故(1985年)で、扱われている事故のなかではいちばん古く、死亡者が圧倒的に多い。
扱っている事故はつぎのようになる。
@アメリカン航空1572便(アメリカ・コカチネット州 1996年)
はじめには観客のショックをやわらげるためか、死亡者なし・軽傷者1名という、最低高度を維持しなかった着陸ミスという大事故ではないところから入る。
着陸の緊張は若干はあるものの、ごく普通のやりとりの途中に突然地表に着地する。その衝撃の瞬間で暗転して終わる。パイロット同士あるいは管制官とのコックピットでのやりとりが新鮮だ。上演時間10分強。
Aアメリカン・イーグル4184便(アメリカ・インディアナ州 1994年)
翼面への氷着による墜落事故。
機長がトイレに行くような気楽さが一転する恐怖に、ゾッとさせられる。上演時間約10分。
Bアエロペルー航空603便(ペルー・リマ 1996年)
整備時の養生の取り忘れのため、機器や計器が作動せずに、海上に墜落。
女性副操縦士が特に、レーダーでの速度や高度の測定依頼を管制官に依頼したり、マニュアルで対応策を見つけようとしたりと、そのような状況何とかしようと悪戦苦闘する様がみごとに表現される。航空機で計器が働かなかったら、目をつぶって車を運転するようなものだというのがよくわかる。上演時間約17分。
Cアメリカ合衆国空軍 ユーラク27便(アメリカ・アラスカ 1995年)
鳥の大群に突っ込んだために墜落。ほんとにあっという間のできごと。上演時間約3分。
D日本航空123便(日本・御巣鷹山 1985年)
観ていて、その日事故のニュースを聞いたときの感情が生々しくよみがえる。どこで聞いたのかや、ニュースで表示された迷走する日航機の航跡さえも憶えている。上演時間約18分。
Eユナイテッド航空232便(アメリカ・アイオワ州 1989年)
第2エンジンエンジンが脱落したのを、何とか機体をコントロールして近くの空港に着陸させ、6割が生き残った。
事故とわかってからの機長の落ち着きぶりというか、気楽と見えるような振る舞いに、はじめあっけにとられ、しかしなぜかじわりと涙が出てくる。上演時間約25分。
この舞台は、時間経過をCVRにほぼ忠実にするために俳優が音響に合わせるという作りかただそうだ。だからといって、完全にドキュメントかというとそうでもない。セリフに緩急・強弱をつけて、ドラマになるように演出でうまくリアルさを強調している。
素材のよさをみごとに生かしきっていた。
この舞台はきょうとあすの2ステージ。航空関係者が来てあるようで、満員の観客のなかに珍しく男性の姿が目立った。演劇関係者の姿が少ないのが気になった。
終演後、鴨川てんし、川中健次郎、中山マリ という俳優さんたちと話した。ANAのパイロット研修用のシミュレーターや管制室を見学した話がおもしろかった。