いかにも硬質で重厚なキャラの濱崎留衣だから、そのキャラを生かす重々しい舞台を期待したが、そういう期待は裏切られた。全体としてのストーリーはあるが、ギャグ入りの軽いトークや朗読を組み合わせた短いシーンを見せるのが主体という作りで、それはそれでまぁ楽しめはする。
濱崎は10以上の役を演じるためか、この人らしい存在感を見せつけることはない。せっかくのひとり芝居で、なんかもったいない。この女優の魅力をもっと引っぱりだす構成の工夫がもう少しあってもよかった。
開幕、登場した濱崎は素で携帯電話などの注意。客席に話しかける。そしてスタート。 濱崎の誕生日にちなんだロッシーニの「ウィルアム・テル」のスイスの独立の話。あとコンビに強盗のテレビニュースを読む。
さらに、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の、チャチャを入れながらの朗読。さらに石川啄木の「ココアのひと匙」の朗読。「蜘蛛の糸」の、地獄の救いのなさ。「ココアのひと匙」のテロリストの悲しさ。
あと、届け物を頼まれた女が携帯電話で道を訊きながら行く―その幾度も登場するシーンの間に、作文「僕の家族」(原文、放送上―口パク―、検閲後の3バージョン)、外科手術(医療過誤以前というひどさ)、天気予報(テロ予報で放送局まで爆破)、負け犬論議そして紅い糸代わりの紅い綱で男狩り。さらに「・・・イト」売り、例えばダイナマ「イト」。さらに強烈な「・・・イド」まで売る。届け物(中身はダイナマイト?)はやっと届け先へ。
テロリストの悲しさから再び石川啄木へ。そして、受験地獄、就職地獄、リストラ地獄・・・と延々と続く地獄が語られ、そこに天井から紐。だがその紐は引っぱれば引っぱるほどどんどん出てくるばかり。
書きすぎるほど書いてしまったが、これが1時間の内容だから突っ込み不足がわかる。さらに、テーマは顕われるが大事なことばのほとんどが引用。ここはどうしても川原自身のことばがほしかった。川原のことばは軽いギャグにしかあらわれていなかった。ときどき混じるまったく無駄なセリフも気になった。
そのような脚本だから、濱崎の持ち味は十分引き出せていない。この舞台ではキャラの落差をそれなりに演じていたが、もともと小器用ではないから、軽く膨らませることを期待してもいけないだろう。また愛嬌のあるキャラではないから、キャラだけで見せることはできないだろう。
この女優の魅力を引っぱりだすとしたら、全体のセリフの半分以上を占めるような女性テロリストを登場させて、その入り組んだ心情を重厚な長ゼリフで聞かせればよかった。そうでもしてくれないと、こんなさりげなさでは欲求不満のままだ。もっと言えば、よけいなものをすべてやめて、女性テロリストの独白だけに絞り込んでもよかった。そのほうが絶対におもしろかっただろう。
この舞台はきょう3ステージ。2ステージ目を観た。20人くらいの観客だった。