鍛えられたダンサーによる激しさを内に籠めた豊かな表現と、それが醸し出すゆったりとした存在感が心地いいステージだった。
作品は、「時の庭」(約50分)と、「The Well-Tempered」(約15分)で、中村恩恵の振付。いずれも、テーマがありストーリーのあるダンスだ。
「時の庭」(出演:中村恩恵、首藤康之、青木尚哉)
有限の「肉体」と無限の「魂」の出会いから生じる葛藤。
孤独な男(首藤)とその影(青木)が、母性を持った女(中村)に出会い葛藤し別れる。その葛藤が繰り返されて、積み重なっていく。
スピーカーを通して大きく語られ小さく繰り返されるテキストは、並行して作られたというオリジナルの音楽とともに、多層的な世界を示唆する。短いテキストは、エミリー・ディキンソンの詩によっているらしい。
ジャケットを着たときの男は端正で、脱げば奔放。そのジャケットを影が着れば、影は端正になる。そのように変化しながら女との出会いと別れが、積み重なって層を作っていく。
そのような趣向で構成されていて飽きさせないのは、みごとなダンス表現で、つねに趣向を打ち破っていくからだ。
形の美しさ、動きの美しさには息を呑む。普通に見えるシーンが十分に激しいのに、それを激しいとは感じさせずに心地よく感じさせる。そして一瞬の、限界を超えたような速くて強い動きが挿入されると、心が蹴っ飛ばされて、グイとイメージがはみ出す。
中村恩恵のダンスは、もうひとりの自分を覗き込むような、力強くて繊細というダンス。身体の表情の豊かさにもビックリする。
首藤康之がジャケットを脱いでシャツになって、中村恩恵とのデュエットになると、激しく相手を求めるダンスとなる。動きはものすごくいいのに印象はゆったりとしていて、その若干のエロさもいい。
青木尚哉は、上半身がシャツ・ジャケット・裸という三様を踊り分けるが、上半身裸で踊る中村恩恵とのデュエットでのダンスは、生々しくて野性味あふれている。
このダンスの初演は、ことし1月に神奈川での佐藤恵子のインスタレーションで踊られた。その後、2010年6月にフランスで発表されたばかりの改訂版の、これは日本初上演。
ポストトークでは、物がたくさんあるインスタレーションでのダンスを、何もない舞台に移し替える苦労が語られた。
「The Well-Tempered」(出演:中村恩恵、首藤康之)
「The Well-Tempered」とは、「ある純粋な音程を保とうとすると、他の音程を純正にすることができない、という矛盾を解決する方法」だという。
短いけれども、J.S.バッハのピアノ曲を背景に、バレエの優美で洗練された表現とコンテンポラリーの新鮮さが楽しめるステージだ。
ここでもやはり、ダンサーの身体とその動きの美しさに見とれてしまう。
テーマである「不協和音やひずみに耳を澄まして他者を受け容れること」は、ふたりが向き合い絡み合うシーンから感じ取れる。
バレエの手法をコンテンポラリで一歩進めたような、かなりアクロバティックな男女の絡みから、相手を感じて互いに求め合い包み合うような、そんないとおしさが力強く伝わってくるステージだった。
終演後、ポストトークが40分。ポストトークゲストの守山実花さんがうまく話を引き出してくれた。
中村恩恵はダンス作品の作り方について、「伝えたいこと・コンセプトが決まっていて、表現方法をダンサーとシェアしていく。物語性と役割(キャラクター)設定して、中村がリードはするがみんなで作った」と語った。
また音楽について、青木尚哉は「日によって聴き取れたり聴き取れなかったりする音があるのが不思議」と語り、首藤康之は「はじめ聴こえなかった音が聴こえてきた」と語った。
そのような音楽も含めて、「自分への牽引力を覚える作家と仕事したい」という中村恩恵のことばが印象的だった。
この舞台は山口情報芸術センターでは1ステージ。観客にはバレエやダンス関係者と見られる方が多かった。