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《2012.3月−8》

観客無視の舞台
【走れメロス (福岡市文化芸術振興財団)】

原作:太宰治 脚本:永山智行 演出:山田恵理香
26日(月) 14:05〜15:55 パピオビールーム 大練習室 プレゼントチケット


 みごとなのは装置だけで、たいくつなつまらない舞台だった。

 青年メロスは暴君ディオニス王の暗殺に失敗して捕らえられ、処刑されることに。メロスは親友のセリヌンティウスを自分の代わりに王の人質として、3日間の猶予を得て妹の結婚式のために村にもどる。

 太宰治らしくない原作の素直さは、元になった体験の含羞を隠すためのようだ。
 脚本化にあたって永山智行が、なぜメロスが走るかという目的の説明を話半ばのところでしているのは、その説明まではメロスを不条理に走り続けさせることで、原作の素直さをややシニカルに眺めようとしたためではないか。複雑な話ではないので多層的にはしにくく、走る目的がわからない不条理な前半と、走る目的がわかった素直な後半に分けた。単調さを避ける意味もあるだろう。セリフを聴いていて、そういう脚本の意図を感じた。

 この舞台の装置はすごい。
 パピオビールームの広い大練習室には、中央に白熊の檻のような舞台が組まれ、その四方を取り囲む高さ3、4メートルの足場の上に、四方から檻の中を覗きこむように客席が設けられている。その数約60。舞台をぐるりと回りこんで客席に昇る。檻の中は高低差があって、いちばん低いところには水が溜まっている。こんな大掛かりな舞台装置を見れば、当然期待は膨らむ。

 だが、その期待は開幕するとすぐに打ち砕かれる。
 暗い白熊の檻の中にうごめく6人の男性俳優たち。だが、うごめくだけでしばらく何も始まらない。始まっても、相変わらず暗いところでモゾモゾ。
 あ〜ダメだ。完全に観客をつかみ損ねた。というか、この演出には「つかみ」という概念さえないようだ。AKB48の歌を出すのが遅過ぎるし、ダンスもつまらなさ過ぎるし、そのあとも全編通して照明暗過ぎるし。
 そう、とにかく舞台が暗過ぎる。どうやら、暗ければかっこいいと勘違いしているようだ。俳優の演技も、緩慢で鈍重で切れ味悪くて、暗い。転換もトロくて、場面も俳優の演技もまったく際立たない。
 趣向もことごとく裏目に出ていて、例えばミュージカルシーンでは、歌えず踊れずどうしようもない俳優のレベルの低さを露呈していた。まねごとでお茶を濁してはいけない。
 後半になっても、舞台の基本の調子は変わらない。暗くジメジメした印象のまま、何事もなく終わってしまった。

 あくびをかみ殺すのに苦労した。なぜそうなるのか。
 いちばんの原因は戯曲の読み解きができない、独りよがりの演出にある。独りよがりというのは、観客をたいくつさせないことを考え切れないし、実現できないということだ。
 戯曲のコンテクストをキチンと押さえたうえで、そのリズムに沿ってメリハリをつけるアイディアを出すべきなのに、この舞台ではコンテクストは押えられず、出されたアイディアもアイディア倒れで表現にまで高められておらず、リズムを壊す。おもしろい舞台ができるはずがない。
 「子どもとおとなのための舞台芸術」と銘打たれているが、特に子どもがかわいそうだ。

 この舞台は22日から27日まで9ステージ。ウィークデイのマチネを観た。60席ほどの客席は満席だった。


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