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《2012.6月−3》

みごとな骨格を持った、充実の舞台
【百年の秘密 (ナイロン100℃)】

作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
2日(土) 18:05 〜 21:40 北九州芸術劇場・中劇場 5,500円


 長い舞台だがその長さを感じさせない、みごとな骨格を持った充実した舞台だ。
 ケラリーノ・サンドロヴィッチの戯曲を、俳優たちのみごとな演技が密度高く表現していた。

 2人の女のほぼ一生にわたる友情を、時間を進めたり遡行させたりしながら、描いていく。

 ティルダとコナの12歳のときの出会いからその死まで、60年以上にわたる時間を舞台は数十年単位でダイナミックに移動しながら、いろいろある2人の人生を、突き放さずに正面からていねいに見つめる。
 大きな骨格を持ったドラマで、大河ドラマ的な雰囲気も匂う長い舞台だが、全編が緊密に作られていて、上演時間の長さを感じさせない。
 舞台中央に巨大な楡の木。その前が庭で、同じ空間がティルダのいるベイカー家の室内にもなり、家の内と外で同時にドラマが進行する。

 時間は、ティルダとコナの年齢でいうと、次のように変移していく。
 【第1幕】 (1時間40分) : 12歳(小学生時代) → 38歳(子どもが思春期) → 78歳(2人の死の直後)
 【第2幕】 (1時間25分) : 48歳(2人の子どもどうしの結婚問題) → 52歳(問題噴出で家も2人の関係も破綻) → 23歳(希望に満ちた幸せな時期) → 34歳(充実した成功の可能性の時期) → 78歳(2人の死とその直後)

 第1幕のラストの状況となった原因を、第2幕で解き明かしていくような構造になっている。長い舞台だが因果関係の糸はキッチリと張り巡らされていて、起こる出来事の原因ははっきりとわかるようになっている。
 その関連付けの強さでこの長い舞台を支えるが、それが作為的に感じられることのないレベルまで練り上げられていて、ちゃんとしたリアリティをもって迫ってくる。それぞれの人物に起こったことや立ち至った状況も、切実感をもって感じることができる。人生のなかには判断ミスは山ほどあり、その積み重ねでにっちもさっちもいかなくなることはままある。そんな自分の無様な生き様を見せつけられるような恐さもある。

 端緒は2人が12歳の時にある。
 のちにコナと結婚することになるカレルの手紙を、子どもの浅知恵で、頼まれたカレルの思い人に渡さずに、楡の木の根元に埋めてしまう。
 ティルダの兄・エースは、バスケットボールでの特待生を蹴ってしまう。ここにはアーサー・ミラーの「セールスマンの死」へのオマージュを感じる。
 そこから派生した影響が縷々顕れ、他の要素も加わって家が没落していく様は、書けば大河小説風なのだろうが、ごく簡単に語られるだけだ。しかし、それらのことと2人の関係との相互の影響については、リアリティをもって語られる。

 そのようなリアリティは、作者のアメリカリアリズム演劇への関心と無関係ではない。
 作者は、この舞台で使われた時間の遡行について、ユージン・オニールやアーサーミラーの作品を引き合いに出して語っている。2006年に演出をしたウディ・アレン作「漂う電球 〜THE FLOATING LIGHT BULB〜」も、正統なアメリカリアリズム演劇の雰囲気があった。
 この作品は、作者がアメリカリアリズム演劇を意識し、そのクオリティを実現しようとして取り組んだ作品だとみることができる。外国を舞台にしているのは、ベタベタとした日本の土着性と時代性を嫌って、それを排するためだろう。
 結果として、アメリカリアリズム演劇に非常に近いテイストとクオリティを実現している。

 そんな戯曲だから何の仕掛けがなくても十分に上演可能のはずだが、この舞台ではさらに仕掛けで舞台のインパクトを強める。
 1つは、大きな時間の流れの象徴としての巨大な楡の木。2人を見守る父性の象徴でもあるが、人間の存在を相対化する効果がありすぎて、人間の存在の表現をどこか矮小化してしまうデメリットもまた感じた。
 もう1つは、実舞台と非常に綿密にリンクした映像。これは楽しめる上にリアリティを強める方向に働いていて効果的だ。
 そのような仕掛けを抜いてしまっても十分に見応えがあると思うのは、高いレベルの戯曲をみごとに演じきっている俳優の力も大きい。型にはまらずに新鮮な演技で、ちゃんとした存在感があるという俳優の力を見せつける。
 「漂う電球 〜THE FLOATING LIGHT BULB〜」を観たときも思ったが、新劇が目指していてやりきれなかったことを、戯曲でも演技でも、この劇団は単独で成し遂げているような気がする。

 この舞台は北九州ではきょうとあすで3ステージ。ほぼ満席だった。


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