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《2012.11月−3》

人間の暗部に手を突っ込んでつかみ出した
【遭難、 (劇団、本谷有希子)】

作・演出:本谷有希子
6日(火)19:05〜21:20 北九州芸術劇場 中劇場 3,200円


 人間の暗部に手を突っ込んでつかみ出したという舞台だ。
 性格の悪い女の行動が前倒しにドンドン展開していって、じわじわとまわりの人間の真実までが露わになって、人間の醜悪さをこれでもかとばかりにさらけ出されていく。さらけ出されてしまえば大したことはなく、さらけ出されたことで浄化されたという感じさえあった。

 中2の担任4人だけが隔離された教員室。
 若くてかわいい女性教師・江國のところに、自殺未遂で意識不明の生徒の母親・仁科が毎日押しかけてきて、息子が書いた相談の手紙を隠蔽したはず、と責められている。それをかばう女性教師・里見だが、実は手紙を受け取っていたのは里美だった。

 作者の人を見る目は辛らつで、人間のくだらなさだけで構成されたという舞台だ。
 特に里見の性格描写は圧巻だ。里見が手紙を受け取っていたことを女性教師・石原が知っていて、公表するという石原をリストカットすると脅しながらのやりとりは秀逸だ。自分を守るためには他人を騙しても脅しても陥れても傷つけても平気だという肥大した利己愛ががみごとに描かれる。
 里見の疑心暗鬼はエスカレートして、盗聴や盗み撮りなどの過剰防衛の犯罪行為も平気でやる。ただ1人の男性教師・不破が盗み撮りの餌食なって口止めされてしまうというところになると、相手にダメージを与えて快楽を感じることに目的が摩り替わってしまっているような感じさえしてくる。相手が責任を認めたらそこに関係のない責任までを押しつけるというひどさだ。

 里見のつられるように他人が隠したいものを互いに暴きあうことになって、それぞれの人物の生徒との関わりが見えてくる。
 相談の手紙を受け取った里見、告白されていた江國、虐待していた母親と、それぞれ抱えていた弱みが露わになるが、そこまでに至るバトルがみものだ。母親に誘惑されて関係を持つ不破は里見の盗み撮りの餌食なり、石原を口止めするために石原を犯そうとする。
 えげつない話で、特に里見にはイライラしてやるせない気持ちになるが、バトルはどこかサバサバしていてユーモアまであり、皆の弱みが露わになるところは霧が晴れていくような感じさえある。特に里美が、自己正当化の最後の拠りどころとする子どものころのトラウマの事実がわかる。里美は子どものころのウソの自殺未遂をトラウマに仕立ててすがりついていて、当時の教師に今も謝罪を求め続けていた。
 顕れてしまえばそんなに大したことはないようなどこか浄化されたような気になるのは、利己愛のために増幅した悪意がなくなったためだが、そのことで増幅した悪意が実にうまく表現されていたことに気づくことになる。

 不満だったのは、主役の女性教師を男性俳優が演じたことで、作品の狙いと別の批評性を持ってしまっていた。
 里見をバカだなと軽蔑しながらも完全には憎みきれないのは、自分の中にも同じような性向があるから程度問題じゃないか、という思いがあるからだ。ただ、里見の利己愛は女性の精神性と密な関係があって、その顕れ方は女性の身体性と結びついているはずだ。
 この舞台では、里見を演じる予定の黒沢あすかが病気降板で、菅原永二に替わった。男性俳優による里見は、女性教師の本来の精神や身体とのあいだに隙間を作ってしまっていて、それがバリアーとなって里見の生々しさを消してしまっていた。何か違うなぁと違和感がありすぎて、ついこの男性俳優の演技を女性に置き換えて観ることになり、ムダな作業でイラついてしまった。

 この舞台は北九州では1ステージ。ほぼ満席だった。


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