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《2013.10月−3》

歌舞伎に逃げちゃ、いかんだろ
【ヴェニスの商人 (彩の国さいたま芸術劇場)】

作:W・シェイクスピア 翻訳:松岡和子 演出:蜷川幸雄
5日(土)18:05〜21:05 北九州芸術劇場 大ホール 4,000円


 猿之助のシャイロックだけが強調され、全体的にはデテールまでエネルギーが届かないけっこう甘い舞台だった。猿之助の一人舞台になってしまったためか、歌舞伎の技法を多用していたのも不満だった。

 バサーニオは友人の商人アントーニオを保証人にして、大富豪の令嬢ポーシャへの求婚資金をユダヤ人金貸しのシャイロックから調達したが、アントーニオの持ち船が難破して返済が困難になった。シャイロックは返済できねば肉1ポンドをアントーニオの胸から切り取るという証文の実行を迫る。

 蜷川幸雄が手がける「彩の国シェイクスピア・シリーズ」の第28弾で、男優だけで演じるオールメール劇だ。シャイロックを主役としその哀しみに迫るという演出だが、もはや当たり前過ぎて新鮮さを感じない。
 巨大な屋敷が舞台全面を覆い、高いところにあるたくさんの窓からメイドや修道女が観客然に見下ろす。貴族たちは白、ユダヤ人は茶、聖職者は朱と、衣装は整然と色分けされている。そんな仕掛けもどこかありきたりに感じてしまう。
 シャイロックの悲哀を強調するために、アントーニオ(高橋克実)とバサーニオ(横田英司)の役を意図的に抑えていて、高貴さや傲慢さや軽薄さが入れ混じった2人の個性を十分に表現していたとはいえない。ポーシャ(中村倫也)はまだ生き生きしていたが、前半シャイロックと対峙するアントーニオとバサーニオが弱く精彩を欠いていたために、まともな対立者を失って、シャイロックの憎悪がどこか一人芝居めいて見えてしまった。

 この舞台を観るに当たっての興味は、猿之助がいかに歌舞伎の表現を封印して演じるか、だった。ところが猿之助、前に出演したこのシリーズの「じゃじゃ馬ならし」に比べて歌舞伎の技法を多用していて、そこにかなり違和感があった。
 まずそのメイクは「黒塚」の男性版で、そのためか衣装もどこか歌舞伎風に感じる。その上に歌舞伎の型を思わせる大げさな動きや見得などもけっこうあり、それが舞台の効果を十分に考えた上の演出ではなくて、猿之助の歌舞伎的演技を楽しむ趣向としか見えず、統一感を欠き舞台の質を下げていた。歌舞伎に逃げているという理由だ。
 ポーシャの中村倫也がきれいだったが、男性が演じる女性が男装するという裁判シーンでは、男装した女性ではなくて、ただの男性に戻っていた。まぁ、蜷川幸雄演出だから安心して不満も言えるのだけれど、細かいところまでキチンと緊張感をもって演出するようなパワーは年齢とともに減退している。

 この舞台は北九州ではきょうとあすで3ステージ。少し空席があった。


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