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《2013.10月−11》

説明に終始する、質の悪いプロパガンダ劇
【普天間 (青年劇場)】

作:坂手洋二 演出:藤井ごう
16日(水)12:35〜15:25 ももちパレス 3,430円


 誤解されるといけないから始めに断っておくが、坂手洋二は非常に精力的な創作活動を続けている当代随一の劇作家であり、いちばん好きな「天皇と接吻」をはじめ「屋根裏」「CVR 2003」など大好きな作品も多い。戯曲を読んだ「海の沸点」には激しい感銘を受けた。
 そんな坂手のこの「普天間」の戯曲は、論説かドキュメンタリーとすべき内容のナマクラな羅列で、何の緊張感もなくドラマにはなっていない。
 坂手は「そんなの芝居じゃねえ、と言われてもいっこうに構わない。いま私はこのことをこのやり方で描きたいのだという思いで、ここまで来た。先のことはわからない。とにかくこれまで演劇をやり続けてこなければ、こんなことはしなかっただろうし、このやり方でなければ、今この時に演劇をすることはできなかっただろうという気持ちは偽りでない。」ということらしいが、芝居としておもしろくないんじゃしかたがない。
 ただこの「普天間」は、その初演と同じ時期に上演された燐光群公演「推進派」(これは観ていない)と対をなして補完しあっているものと想像されるので、作者としては「推進派」と合わせてバランスがとれているということかもしれない。

 この舞台、2時間半を超える実質上演時間の多くの部分を、登場人物による沖縄の現況説明が占める。
 そのセリフは、登場人物自身の体験よりも、数値を含むたくさんの情報を並べた観念的なものが多く、頭と口先だけのセリフは俳優の身体から遊離してしまっていて、ほとんど残ることなく消えていく。表現になっていないのだ。
 登場人物は、元基地従業員の上原重臣を中心に、沖縄国際大学教授の北峯美里、娘を探しに来た宮城昭利、上原の知り合いでガマの入り口の井戸がある家に住む老人の平良一義という、4つの家族に係る14、5人の人々。彼らはそれぞれ立場や経験の違いはあっても、リベラルという点でベクトルは同方向で軋轢は起こらない。そういうつまらない人物構成になっている。
 場所は、米軍の普天間飛行場がある宜野湾市。時は、2004年の沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事件から7年後の2011年。上原は、基地従業員を退職して移動バーガーショップを始めた。北峯は米軍ヘリ墜落時の状況の再現に意欲を燃やしている。
 これらの人物は、じわじわと知り合う過程において、とにかくよくしゃべる。沖縄戦、戦後処理、日米講話、ベトナム戦争、沖縄返還、少女暴行事件、ヘリ墜落事件などに関わる話が延々と開陳されるが、それらの多くが伝聞情報のためにただの説明に終始し、相互に結びついて次の展開に進むということはなく、未整理のまま放置されて印象は急速に薄まっていくだけだ。
 わずかに冒頭の米軍ヘリ墜落を語る場面は見せたが、上原一家の知り合いの由紀の米軍兵士からのレイプ・妊娠の話や、上原の母ふみの戦時中のガマでのエピソードなどは、伏線も弱くて終るための辻褄合わせにしか見えない。どれかを掘り下げたほうがよかった。

 この戯曲、言いたいことを舞台上でそのまましゃべらないと気がすまないという囚われを持つ劇団からの要請によって書かれたのかもしれないが、だったら、討論劇やドキュメンタリー劇やアジプロ劇でやればちゃんとした緊張感も保てて、こんな質の悪いプロパガンダ劇は避けられた。
 ただ、甘たるいプロパガンダ劇は売り込みやすいことから、劇団の狙いは最初から質など問題にしていなかったのかもしれない。

 この舞台は福岡市民劇場10月例会作品で、福岡では10日から16日まで8ステージ。少し空席があった。


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