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《2014.8月−16》

見応えのあるミュージカル
【レディ・ベス (東宝)】

脚本:ミヒャエル・クンツェ、音楽:シルヴェスター・リーヴァイ 演出:小池修一郎
27日(水)13:00〜16:25 博多座 5,000円


 運命に翻弄されながらも望みを捨てず粘り強く生きるエリザベスを描いて、楽しいばかりではないが見応えのあるミュージカルだった。

 16世紀のイングランド。約45年も女王の座にあってイングランドに繁栄をもたらすことになるエリザベス1世の、即位までの艱難辛苦を描く。

 父ヘンリー8世によって決められた王位継承順位が、異母弟エドワード、異母姉メアリーについで第3位だったエリザベス。エドワードが早逝したために王位に就いたメアリー1世は、母の出自がスペインであることからカトリックを信じていて、父ヘンリー8世が進めてきたプロテスタント教会制度をカトリックに戻す。父王の信仰を継ぎたいエリザベスは、メアリー1世と対立する。
 この宗教的な対立とも関連するが、強国スペインの王子と結婚してスペインの後ろ盾を得たいというメアリー1世の思いと、父王に倣ってイングランドの独立を守りたいとするエリザベスの思いも対立する。
 メアリーは、ヘンリー8世の最初の妻キャサリンの娘だが、王の寵愛が侍女アン・ブーリンに移ってキャサリンは離縁され、メアリーは私生児扱いとなる。アン・ブーリンはエリザベスを生んだが、王の寵愛が他に移ってアン・ブーリンはロンドン塔に幽閉され処刑される。エリザベスもメアリーと同じように私生児扱いとなる。そんなきびしい状況から2人とも王位継承者として復活する。そういう2人の境遇は似ているが、母の王妃の位を奪ったアン・ブーリンに対するメアリーの憎しみは強い。

 そんな、国家や宗教を巻き込んだ姉妹の確執の話だから、当然話は暗い。そんな暗い話にも何とか耐えられるのは、エリザベスが最後は勝つということを知っているからだ。エリザベスは女王となって、スペインの無敵艦隊を破りイングランドを世界の強国にした稀代の名君主だ。そんなエリザベスの若いころの、耐え抜く苦労話、偶然が重なった幸運話だと見れば、暗い話にもおもしろみが出てくる。エドワードが子どもがないまま早逝しなかったら、メアリーに子どもができていたら、メアリーがエリザベスより長生きしていたら、エリザベスが女王になることはなかったのだから。
 舞台は、巨大なルーレット盤になっている。回り舞台の上にかなりの傾斜をつけて置かれたルーレット盤は、止まる位置によって変わる傾斜の方向でうまく場面を作っていく。バックの映像と合わせて、場面転換が実にスムーズだ。

 ミュージカルだから、暗い話も暗くばかりは描いておれないこともあろう、プラトニックでファンタスティックな恋愛が登場するのはやむを得まい。その相手の吟遊詩人ロビン・ブレイクは緑の衣装でどこか妖精風。ロミオとジュリエットばりのバルコニーシーンやベッドシーンもある。ロビンとの恋愛は、トマス・シーモアとの初恋を美化して描いたもの。陰謀家のトマス・シーモアはエリザベスとの不適切な関係がわかって処刑されてしまうが、ロビンは純粋無垢で、エリザベスを愛しながらもその即位を受け入れて見守る。しかたないかな、そこは。でも、実際のほうが何倍も過酷だったろうことは想像できる。
 ロビンのまわりの庶民たちは素朴だが洗練されていてどこか童話風。それを宮廷内のどす黒さと対比させ、庶民を襲う権力の非情さを見せつける。ロビンに連れられて庶民の意見を聞きに行くエリザベス。その男装姿がかわいいから、そんなことねぇだろ、と思っても、そこは許す。
 イングランドに係る大きな権力闘争については、女王メアリー1世、スペイン王子フェリペ、スペイン大使シモン・ルナール、司教ガーディナーに代表させて状況を描いていく。王子が町を歩いていたり司教がじかに逮捕に出向くなど、不自然な点があるのはやむを得まい。それを受けるエリザベスの家庭教師ロジャー・アスカムとキャット・アシュリーの思慮深い行いはきちんと描かれる。

 わたしが観た回は、ダブルキャストは、エリザベス:平野綾、ロビン・ブレイク:山崎育三郎、メアリー1世:吉沢梨絵、フェリペ:平方元基、ロジャー・アスカム:山口祐一郎。ほかに、アン・ブーリン:和音美桜、シモン・ルナール:吉野圭吾、ガーディナー:石川禅、キャット・アシュリー:涼風真世 という出演者。
 数で劣るエリザベス側に山口祐一郎と涼風真世を配するという贅沢で絶妙な配役だ。平野綾は強い表情で、聡明で芯の強いエリザベス像をうまく作り上げていた。特筆すべきはアンサンブルのレベルがとても高いこと。東宝ミュージカルではしばしばみられるフニャフニャになる場面が、この舞台ではまったくない。
 脚本:ミヒャエル・クンツェ、音楽:シルヴェスター・リーヴァイ による作品の世界初演だというから、演出(小池修一郎)・振付(桜木涼介)・舞台美術(二村周作)・衣装(生澤美子)・照明(笠原俊幸) は、日本で作り上げられたものだろう。前述したような意表を衝く舞台美術、ダイナミックな振付などなど、テクニカルのレベルがとても高い。ここまでの舞台をまとめ上げた小池修一郎の演出の冴えにも感じ入る。生演奏(指揮:上垣聡)なのもいい。

 この舞台は博多座では10日から9月7日まで38ステージ。ほぼ満席だった。


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