斬新な発想と、ていねいな演技と、高いレベルの装置・照明で、スマートだが見応えが十分の大変楽しめる作品になっている。
シェイクスピアの「ハムレット」を、換骨奪胎したというよりもそれをサブストーリーにして、多重人格をテーマに作った新しい作品だ。
プロローグともいうべき初めの2場で「ハムレット」の梗概が手際よく語られる。
王子ハムレットと恋人オフィーリアを除く主要な人物が、死後の世界で自己弁護を中心にかってのことを語り合うことで、原作の人物とストーリーを印象づけるアイディアは秀逸だ。複雑な構造の原作を30分足らずでみごと再構成する。
一転、やっと登場した王子ハムレットは精神科のカウンセリングの最中だ。実は患者に別人格マサヒコのさらに別人格として王子ハムレットが出現している。その多重人格の原因探しがこの作品のメインストーリーだ。
多重人格とは、虐待等から自己防衛するために起こる人格障害で、精神病とは異なる。
父を父と認められず伯父にしてしまうような別人格マサヒコが患者に常時現れていて、さらに別人格の王子ハムレットが現れ、それらが並行しながら語られる。
さらに、カウンセリング中に、マサヒコの幼年時の人格マーくんやキミヒコという人格が現れるが、王子ハムレットはこのキミヒコが演じていたものだった。
治療はマーくんを主人格としてなされ、幼児まで遡って父親との関係を修復しようとするのだが、結局キミヒコが自殺を図ったことで頓挫してしまう。
以上のようなこの作品のテーマである多重人格については違和感はまったく感じなかった。
かってテレビで多重人格の症状を見て、人間の精神構造の複雑さに衝撃を受けた。そしてちょうど今、酒井和夫著「分析・多重人格のすべて」を読んでいるところだった。
この「ハムレット」は、この酒井氏の著作の戯曲化かと思えるくらい内容がきっちりと符合している。
例えば、医師の多重人格についての説明やカウンセリングのやり方はもちろん、治療中に眠っていた他の人格を呼び出してしまうことや、別人格は性格はおろか筆跡なども違うこと、原因がわかったとしても治療法がまだ確立していないことなどがきっちりとストーリーに組み込まれている。
そこまで描かれていることを評価しながらぜいたくな不満を言わせてもらえば、多重人格ですべて説明されていることで、マサヒコとハムレットの関係がやや弱くなったことと、治癒されず何も解決せず浮浪者になるという結末となったことだろう。
王子ハムレットのマサヒコへの降霊などのもっと広い精神現象を使えば、ハムレットの物語とマサヒコの物語が緊迫しながら交錯したのではないかと思った。
これらの入り組んだ構造を、演出は実に手際よく整理している。また、それぞれの俳優はレベルの高い演技で応えている。きっちりとした歯切れのいいセリフがいい。
ハムレットは今まで何回芝居や映画で見てきたことだろう。そのたびにわからなくてイライラしてきたし、いつもどんな芝居だったっけ?えー悲劇だったっけ!という感じだった。ハムレットの性格と戯曲の構造の複雑さがそれをさせている。
この作品は、多重人格という切り口でハムレットの複雑さに迫っていることが評価できる作品だと思った。