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《2003.6月−1》

評価と不満と
【貧乏物語 (テアトル ハカタ)】

作・井上ひさし 演出:黒江昭治
1日(日) 12:00〜14:05 ぽんプラザホール 3000円


 久しぶりに観るテアトル ハカタの本公演は、井上ひさしの戯曲にきちんと取り組んでいて好感はもてたが、まだまだ不満も多い。

 戦前、服役中のマルクス経済学者・河上肇の留守宅が舞台。前衛党の旗頭である河上肇を籠絡(転向)させようとする国家公安のたくらみを見抜き、対抗しようとする女たちを描く。
 留守宅の、河上肇の妻・ひで、娘・よし、女中・加藤初枝 のところに、もと女中で占い師の夫と別れてきた美代、河上の世話になったことがある内務官僚の妻の早苗、そして隣の女給寮に住む女優のクニ が転がり込んでくる。
 その6人の会話を通して、当時の状況と、そのなかで家族の置かれた立場がはっきりとしてくる。そして仮出所をにおわしたり、ひでの逮捕をにおわしたりして河上肇に転向の書を書かせようという公安のくわだてを知るが、そのことで彼女らは却って自己を認識し、生きることの本然に立ちかえる。

 青井陽治さんは井上ひさしの戯曲について、「ドラマ」ではなく「演劇エッセー」だという。
 この戯曲も終盤近くまで「ドラマ」らしいものはない。当時の状況をわからせるための説明が「演劇エッセー」的に延々と続くが、井上戯曲らしい事実の掘り起こしのおもしろさ、人物の魅力そして言葉の魅力で引っぱっていく。
 そして終幕近く、井上ひさしはこの戯曲に、公安のたくらみを乗り越えて行く女たちの「ドラマ」を描いた。たしかに人物が丁々発止のやりとりで、人物のありようや互いの関係が変わっていくという作りではないが、6人の女が国家権力の攻撃を知るが、自己の尊厳を第一に据えて、それを守り抜くために国家権力に迎合しないという決心をするのは、大きなドラマだ。述べてきた状況がみごとに彼女らの決心と関係してくる。そういう点では、よくできた戯曲だ。

 そのような戯曲をていねいに上演しようとした姿勢は評価できる。その結果、述べたような戯曲のテーマを浮かび上がらせていた。ユーモアを感じさせ、客席から笑い声が漏れていた。
 それでも気になるのは、いかに舞台をきちんと作るかということのなかに、いかに俳優を目立たせるかが、けっこう強く紛れ込んでいることだ。それが最もあらわれていたのが美代(堤瑞穂)。人物をどう表現するかよりも、自分の演技を見せようと作りすぎて力が入りすぎていて、やや大げさになって自然さを壊していた。
 人物への肉薄不足による不満もある。ひで(森紀子)は、芯の強さが出ているのはいいとしても、なぜか柔軟性に欠け、意地悪そうにさえ見えたのは気のせいだろうか。ヨシ(笹月ひろみ)には、凛としたところもほしい。全体的には、形を充たす演技ではなく、役を創りだす演技に脱皮しないと先はない。

 この舞台はきのうときょうで4ステージ。私の観た回は8割くらいの入りだった。
 それにしても、この戯曲の初演(1998年、こまつ座公演、栗山民也・演出)の入場料が5250円だから、この内容で3000円は高すぎる。
 テアトル ハカタは、代表を黒江昭治として新しい体制で出発だという。もういいかげん野尻敏彦を卒業して、レパートリーの幅も広げて、新しいところを見せてほしい。


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