シルヴィ・ギエムを見たくて、初めてまともなバレーの公演を観た。形のあまりの美しさと、愛の表現の卓抜さに驚嘆した。
いままで観たことがあるバレー公演は モーリス・ベジャール だけだから、バレーらしいバレーは初めてだったが、優雅な美しさを堪能した。何をおいてもカッコいい。鍛え上げられた肉体が作る動きは、一瞬一瞬がそのまま一幅の絵になる。
上演作品は、「三人姉妹」、「カルメン」、「マルグリットとアルマン」の3本。
「三人姉妹」はチェーホフの戯曲のバレー化。振付はケネス・マクミラン。
三人姉妹の希望や恋が時代の流れのなかではかなく消えていく様を、ストーリーを追うのではなくて、まわりの人との関係でうまく見せる。舞台後ろに多くの人が出ている優雅な晩餐会をしつらえ、舞台を多層に重厚にした。うまい演出だ。
シルヴィ・ギエムの次女マーシャとヴェルシーニン中佐との踊りはみごと。肢体のからみあいを大胆な姿勢で強調する。互いの体を大きく揺らせる、体がからみあう、大きくのけぞるなどなど、大胆でダイナミックな動きで、あふれる思いをグッと引っぱり出す。しかもしっとりとした風情もある。
抱きあってのキスシーンのすばらしさには驚愕する。相手を思い求める気持ちが、形と動きにみごとに表現されている。見ていて「気持ちいいだろうな」と思わせ、体に熱いものがわいてくる。
「カルメン」はこの公演のための特別ハイライト版。振付はアルベルト・アロンソ。斎藤友佳理(カルメン)、首藤康之(ホセ)を中心にした東京バレー団が踊る。
斎藤友佳理の個性的でダイナミックな踊りはいい。運動能力は高い。ただ、いかにも日本人という体型はしかたないにしろ、ギエムのあとではちょっと見劣りがする。
群舞がいい。フォーメーションが斬新で、ユーモラスな動きも楽しめる。ドウナツを半分に切ったような大きな台で二重舞台にした装置を効果的に使っている。
「マルグリットとアルマン」は、バレー版「椿姫」。振付はフレデリック・アシュトン。
高級娼婦のマルグリットと素朴なブルジョア青年アルマンとの哀切な恋の話。結婚するが別れさせられ、マグリットは病魔に冒される。
高級娼婦という何とも微妙な女の哀切な恋が、みごとな振付でじっくりと伝わってくる。ここでの愛情表現もすばらしい。いかにも相手をいとおしみ、求めずにはおれない強い思いを、体ごと相手に向かうその動きでみごとに表現する。うれしさや切なさが伝わってくる。好きで好きでたまらない人とのキスの自然さもさすがで、日本人だとこうはいかない。そんなところを伝統の重みと見てしまってはいけないのだろうか。
この公演は1ステージだけ。ほぼ満席だった。
余談。キアヌ・リーブスがインタビュー(週刊朝日6月13日号)で語るダメなキスと良いキス。
「ダメなキスは自分を抑えて内的なものを彼女に与えないようにした。
良いキスは弱みさえ見せた。すべてを彼女に預ける、ふたりの気持ちが交じり合う、そういう気持ちで演じました。」
具体的には、映画「マトリックス・リローデッド」で確認してみよう。