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《2003.7月−9》

ていねいな練り上げが生むみごとな効果
【シャンハイムーン (ばぁくぅ)】

作:井上ひさし 演出:佐藤順一
20日(日) 14:00〜16:35 アトリエ戯座 2000円


 既存戯曲の上演ではあるが、この劇団らしい上質な舞台で楽しめた。
 戯曲をていねいに読みほぐし、それをデテールまできちんと表現していた。配役のバランス、俳優のアンサンブルもいい。

 1930年代。上海の魯迅夫妻と、夫妻を取りまく日本人たちを描く。
 国民党から追われ、内山書店に身を寄せる魯迅は、ボロボロの体のうえに、人物誤認症や失語症まであらわれるしまつ。それを心配する人たちは好意で、魯迅に病気療養と執筆のために日本へ行くことを勧める。しかし魯迅は悩んて二転三転したうえ、結局上海に留まり、上海で活動することを決心する。
 この戯曲は、事実を単純に追認するのではなく、置かれた状況をていねいに見て、そのなかで人々がどのように決断したかを、その寄って立つ想いとあわせてみごとに描いている。

 ただ、状況とくに人々の心理状態はけっこう変化するから大きなヤマ場は少なく、変換点が多く、そこで人々の想いがあふれて、ホロリの波状攻撃という感じさえある。
 そのような人々の想いをこの舞台はきちんとメリハリをつけてフォローしている。演出は実にていねいに人々の想いを掘りおこし、俳優は実に繊細に表現していく。

 舞台は、テンポよくてすっきりしていて、気持ちいい。
 互いに信頼しあった人たちが交わす会話で進められるが、その会話がとてもいいのだ。人物に自然な存在感がある。
 そのなかでも特にいいのが、イオゾウ役の清水一彰。信頼に値する人物をほんとうにそのように演じていて、イオゾウはこんな人だったに違いないとさえ思わせる。
 アイゾウ役の東内浩一は、もうひとつ極端でもいいかなと思わないでもなかったが、それでもこのむずかしい役をうまく演じていた。

 装置、衣装、照明はていねいで、落ちついた舞台作りを助けている。床に置かれた本のなかに「ニールサイモン戯曲集」があるのは愛嬌か。

 この作品の直接の感想ではないが、ちょっと気になるのが、やや古い劇団でのこのところの井上ひさしブーム。このレベルの舞台なら上演に文句はないとはいえ、井上ひさしばかりじゃ観客としてはおもしろみに欠ける。
 この劇団にはアラン・エイクボーンの作品の上演を希望している。日本の戯曲だと、例えば「生きている小平治」とか「息子」のような傑作戯曲を取り上げてほしいと思う。「盟三五大切」や「真田風雲録」を上演してくれたら泣いて喜ぶ。いずれも、井上ひさし作品の上演よりたぶんむずかしいだろう。

 初日のマチネーを見た。若干空きがある程度だった。27日(日)まで、8日間13ステージが続く。


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