よくできたシチュエーション・コメディを、ややラフな感じで舞台に乗せたという作品だ。
あまりきっちりしようとしないのはキャストの魅力を引き出すためで、結果的にそれは成功してこの舞台独特の雰囲気をつくりだしていて、それが魅力になっている。
ロンドンのタクシー運転手ジョン・スミス(村上弘明)は二重結婚している。
日頃は綿密なスケジュール管理でふたりの妻(細川ふみえ、大島さと子)とうまくやっているジョンだが、トラブルによってスケジュールがめちゃくちゃになってしまい、二重結婚が発覚しそうになる。
それを何とかしようと、友人スタンレー(ルー大柴)の助けを借りて取り繕おうとジタバタするが、ジタバタすればするほど状況は悪化していく。
そのジタバタぶりが見せ場だ。はじめのうちはうまく苦境を抜け出せるのではないかと期待しながら見ているが、状況は悪くなる一方で、救いは用意されない。
もともと真実が露呈したら破綻という状況設定だから、ほんとうのことは絶対に話せない。だからスミスはスタンレーを巻き込んで、どんな言い訳をしてでも逃げ回る。が、うまくいかずだんだん首が絞まってくる。
翻訳の小田島恒志がイギリスの喜劇とアメリカの喜劇との違いにふれて、「アメリカという国には『笑い』の中にも『正義』があるが、イギリスの『笑い』には『正義』がない」と言っている。レイ・クーニー自身も自分の作品を「喜劇」ではなくて「笑劇(ファルス)」と呼んでいる。
だから、救いは用意されない。ジョンに感情移入しているから、救いがたい状況に追い込まれていくと、どうしようもなく切なくなってくるのだ。おちおち笑っていられなくなる。
この舞台は、そんな「笑劇(ファルス)」の特徴をキャストの個性で色づけしていて、その切なさも含めて大いに楽しめた。
一見生まじめだがよく考えれば超エゴであるジョンを演じる村上弘明の平凡とも思える演技が、善良なのに偽悪家ぶったような極端なまでに押しの強いルー大柴のクセのある演技とからむことで、ともに生き生きしてくる。キャスティングの妙だ。
そのふたりに、細川ふみえも大島さと子もうまくからむ。細川ふみえの下着姿などあり、サービスもたっぷりだ。ただ、脇を固める3人の俳優が冴えないのが気になった。
それにしても主役4人はみんなかっこいい。村上弘明の足は長いし、細川ふみえはスタイル抜群だし、全国的に人気のある芸能人にはやはり華やかな雰囲気がある。
きょうがこの舞台の全国ツアーの最終日で、ここでは1ステージ。後ろのほうに若干空席があった。観客層は幅広いが、どっちかというと中高年が多い。