仲代達矢のこの演目への思い入れがたっぷりの舞台で、無名塾らしいしつこさが効果を上げているところもあるにはあるが、何せ古臭すぎる。その演出も、徹底的に情に訴えかけるというやり方で、斬新さに乏しい大味な舞台だった。
意地悪な母と姉に、冬の森にマツユキ草を取りに行かせられたまま娘。12人のそれぞれの月の精たちに助けられてマツユキ草を持ち帰り、母と姉はそれを女王の宮殿に持っていく。
ドラマは、母と姉が、自ら取ってきたと女王の前で自慢したことから展開し、女王が森に乗り込み、追い詰められて助けられて変わることにはなるのだが、どう考えても単純すぎる。ストーリーは単調で、キャラクタも弱い。
古い形のままの上演の限界が見えた。再構成してもよかった。音楽だって、間延びしたような曲ばかりではなく、ロックでも使えばよかった。邦楽という手だってある。仲代達矢の思い入れには、こう陳腐では、つきあってはおられない。
ミュージカルと銘うたれてはいても、歌は叙情的に心情吐露をするだけという何とも古臭いスタイルで、単なる歌しばいだ。踊りはないんだから、とてもミュージカルとは呼べない。
まま娘役の仲代奈緒は、小柄で姿勢が悪く表情も豊かではないが、さすが歌手、歌はしっとりと聞かせた。
妹尾河童の美術が、一度に移り変わる季節を鮮やかに見せる。
この舞台を観たのと同じ時期に、「セールスマンの死」の無名塾公演のビデオを観た。滝沢修のウィリー・ローマンはテレビ中継でしか観たことはなかったが、それに比べて仲代達矢のウィリー・ローマンはさらに真っ向勝負で、「セールスマンの死」のおもしろさが素直に朴訥に出ていて楽しめた。
無名塾の演技の質からして、リアリズムから抜けることは困難なようだ。だったら、リアリズムに徹してくれればいい。
「森は生きている」は、福岡市民劇場12月例会作品で、5日から14日まで11ステージ。ほぼ満席だった。