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《2003.12月−5》

ケラ・ワールドの何という幅広さ
【ハルディン・ホテル (ナイロン100℃)】

作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
14日(日) 14:05〜17:30 北九州芸術劇場・中劇場 4000円


 ケラリーノ・サンドロヴィッチが連れて行ってくれる世界に、とっぷりと浸かりこんだ。
 不条理までもその道具として使いこなしてしまう「遊び」の、これでもかと言わんばかりの勢いが、この世のものではない世界を作る。世界は広げられ、浮遊し、別の世界と交叉する。私もその世界を、いっしょに浮遊する。全体が大きなレトリックで、その結果の大きなイリュージョンに酔う。

 10年前にオープンしたハルディン・ホテル。そのオープン当日の宿泊客に、10年後の同じ日の無料宿泊カードが配られた。
 10年後に再びホテルに集う人々は、様々な事情を引きずっている。

 ケラリーノ・サンドロヴィッチの芝居は、結末に向かって高まっていくというのではない。それぞれの場面が独立したと見えるほどに、広げるだけ広げ、詰め込めるだけ詰め込んで、パンパンになって、ソロリと現実のクビキから離れて浮遊する。
 人物の個性は極端を通り越して奇矯でさえあり、その個性が強いこだわりをもって表れ、それらが空中戦を展開する。もともとの状況も常軌を逸するようなことばかりだから、たち表れてくる状況はすさまじく、一瞬たりとも停止しない。
 そのようなケラリーノ・サンドロヴィッチの詐術に身をまかせていると、ほとんど催眠術でもかけられている気分で、舞台とともに浮遊する。そのような世界なのに、そこにいることをなぜか心地よく感じる。だから、時として襲うまどろみは、決してたいくつだからではない。

 カーテンコールでケラリーノ・サンドロヴィッチが、「無駄」も多い芝居だと言っていたが、その「無駄」も含めて、突飛なことが長い芝居にびっしりと詰め込まれていて、何とも異様な雰囲気の世界が出現する。
 死ぬ人が出て観葉植物になってしまうし、エレベーター事故が起きてケガはするし、それでもホテル従業員がするのはよけいなことばかり。人物はみなこだわりが強すぎてクセがありすぎる。
 10年前の異様で不可思議なできごとのあと、10年後を見せるが、その10年後の居心地の悪さが伝わってくる。世界は10年後に懐かしみあうほど単純じゃない。10年前に新婚旅行で妻の足にトゲが刺さったカップルは、今は別れている。
 そのような状況を見せた上で、舞台は10年前の午後8時半に戻る。新婚のお祝いを皆でするのだが、妻はトゲのために不機嫌。そこで事故の多くが従業員になりすましたライバル会社の人間のしわざだとわかる。やや現実に引き戻され、異様な状況は少しは解消されても、異様な気分は去らない。
 そしてまた10年後にもどり、妻が、入りこんでくるトゲの痛みのために自分の足に鉈を振るったことを知る。浮遊しながら、やるせなさが募る。快調なテンポに、気分悪い不調和音をからませ、やるせなさが心にからみつく。

 そんなふうに、発想の表れ方も後ろに回りこむほどしつこくて、個々のセリフや動きは鑿か鍼のように鋭くて、描き出された世界のスケールは大きい。ケラ・ワールドを堪能した。俳優の表現の幅広さもさすがだった。
 この舞台は、北九州ではきのうときょう2ステージ。ほぼ満席だった。2階の最後列で観たが、舞台に遠い感じはなく観やすかった。


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