ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの「オセロー」は、いかにもロイヤル・シェイクスピア・カンパニーらしく、シンプルなまでに研ぎ澄まされた舞台が楽しかった。
こんな楽しさが九州で味わえるのはうれしい。
信じる部下・イアーゴの奸計にのせられて、最愛の妻の浮気を疑い、ついに殺してしまうムーア人の将軍・オセロー。
久々の「オセロー」なので、観る前にあわてて原作を流し読みした。それでわかったのは、戯曲の躍動感。それぞれの場面はポイントがきっちり書き込まれていて、それらの進行が実にスピーディでダイナミックなこと。
この舞台、そのスピーディでダイナミックなところがみごとに顕われていた。激しい心情の表現も、変に湿っぽくならないのがいい。舞台の印象は、軽やかだ。
ゴテゴテしない抽象的な装置に、衣裳はスーツなどの現代服と、センスのよさは相変わらず。シンプルにまで見えるのは、俳優の肉体による表現にほとんどすべてを委ねているからだろう。俳優の動きにはムダがなく、語られるメリハリの効いた英語が、耳に心地いい。
焦燥感にさいなまれて、イアーゴのまわりをグルグルとまわるオセロー。その場面に象徴されているように、オセローの嫉妬心をみごとに操るイアーゴが主役ともいえる。
そのイアーゴ(アントニー・シャー)、表情は淡々としていて、素朴とも見えるほどだ。刑事コロンボを思い出したが、そのしつこさはコロンボ以上だ。
自分がオセローに替わるとかいうちゃんとした目的があるとも思えないのに、何がイアーゴを突き動かしているのだろう。オセローへの嫉妬よりも、デズデモーナへの思いにイアーゴは突き動かされているように見える。その彼が引き起こすデズデモーナの不幸を見ていると、イアーゴはマゾじゃないかとさえ思えてくる。そんなところまで感じさせる幅の広さだ。
この俳優はやや小柄で端正な顔立ち。それが、「マクベス」の時は大きく荒々しく見えた。その同じ人とは思えないほどの演じ分けが、一流の俳優たる所以か。
オセロー(セロー・マーク・カ・ヌクーベ)は、”目”の演技がみごとだ。自信、不安、絶望を、目の表情でみごとに表現する。表情はいいが、太り気味で、ものすごくカッコいいというわけではない。
ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーでは、アフリカ出身の黒人俳優のオセローは初めてらしい。だが、それが話題になることが黒人を意識しすぎではないだろうか。ましてオセローは黒人とはいっても、ムーア人でニグロよりヨーロッパ人には近しいはずだし。そういうことで「オセロー」を異文化の衝突の劇だと見てしまうのは、深読みが過ぎるように思う。
この舞台は北九州では1ステージ。満席だった。