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《2005.3月−10》

言葉の力が、迫ってくる
【ジュヌン―狂気 (ファミリア・プロダクション:チュニジア)】

原作:ネジア・ゼンニ 脚本:ジャリラ・バッカール 演出:ファーデル・ジャイビ
20日(日) 17:05〜19:15 パークタワーホール(東京) 4000円


 現在アラブ演劇界の最高峰と言われるチュニジアの演出家ファーデル・ジャイビの話題作のアジア初演の舞台。
 現実をギリギリまで見つめ顕わにしていて、暗くて救いのないという内容だが、この舞台を観ていると、表現することで現実が客観化され、救いのない現実が浄化されるようにさえ感じられた。
 トコトン突き詰めたセリフの力を見せつけられる。それを表現する俳優の演技は情に流れず比較的すっきりとしているが、その現実を見つめる鋭さ・セリフの強さは、長塚圭史や坂手洋二の舞台を思わせる。

 統合失調症患者の若い男と女性精神療法医の、15年にわたる対話の記録を題材にして、社会的重圧に押しつぶされた若者の内面の崩壊を描く。

 オープニング、横一列に並んだ女性5人、男性3人の俳優。その両脇にスタンドマイクが1本づつ。静止したままでかなり長い時間。そしてものすごくゆっくりと役として動き始める。
 主人公ヌンの独白、「ぼくの中のあいつがぼくを殺したがる!」という統合失調症。刑務所から出てきたあと姉の結婚式で突然笑い出して精神病院に入れられる。加えて梅毒の追い打ち。
 精神療法医はそのヌンと徹底的に話すことで、ヌンの心の奥底にあるものを引き出していく。ヌンにこだわる精神療法医は病院から疎まれるが、ヌンの心は精神療法医に傾倒していく。

 マイクを使った独白のシーンと回想とも現実ともつかないシーンが混在しながら、ヌンを疎外した家族のそれぞれが抱えているトラウマがはっきりしてくる。そこには貧しく厳しいチュニジアの現実が反映される。
 ヌンを嫌いつづけた母親をはじめとする家族の心の中の”おり”が言葉となって出てくる―しつこくしつこく真実に向かってスパイラルしながら迫っていくという「独白」というやり方は有効だ。「言葉にはすごい力がある」ということを、この作品自体が体現している。

 独白が多い中で、兄が刑務所から戻ってくる海辺のシーンや、家族の食事における皿のやりとりのような象徴的なシーンが織り込まれ、独白シーンとガッチリと繋がれるというみごとな構成だ。
 ムダのない演出と演技は、アラブ世界だからとかイスラム世界だからどうというのではなくて、現代演劇としての基本的なありようなのだろう。

 膨大な量のセリフに字幕が追いつかないところがあって、わかりにくいところはあった。また、開演前にあいさつした演劇評論家の西堂行人さんからきょうの福岡の地震のことを教えられて、あわてて福岡に電話してもつながらず不安になり、舞台への集中が少し削がれてしまった。

 この舞台は「東京国際芸術祭2005」の招待作品のひとつで、18日から20日まで4ステージ。2001年のカルタゴ演劇祭では一夜にして1万人を動員した舞台だが、私の観た回はかなり空席があった。


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