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《2010.9月−6》

優等生主役のプロパガンダ演劇
【眼のある風景 (文化座)】

原作:窪島誠一郎 脚本:杉浦久幸 演出:西川信廣
11日(土) 13:35〜16:20 ももちパレス 3430円


 「理念」が主に「言葉」で強調されたというプロパガンダ演劇で、魅力はいまひとつだ。
 いかにもこの劇団らしく、人物にに考えを直接語らせるナマクラ脚本で、そこに演出も手の施しようがないという舞台だった。
 直接言葉で言わないと言ったことにならないというこの劇団の考えが、舞台の魅力を削いでいる。庶民は徹底的に被害者だと強調するこの劇団の戦争観も、一面的で浅い。

 戦前に「眼のある風景」などの作品を残して戦病死した画家・靉光。
 その生き様を、池袋モンパルナスの一角のバイフー寮での他の芸術家の生き様と合せて描く。

 プロローグでは、国立の近代美術館で男が鉄パイプを振るって絵画を破損させるという1970年の事件の裁判での男が描かれ、それは舞台の推進力にはなる。
 しかし、1938年に「眼のある風景」で独立美術協会賞を受けるまでの第1幕、軍隊入隊前に「自画像」を描き1946年に上海で戦病死するまでの第2幕ともに、エピソードを繋ぎ合せて人生を追うだけのストーリー展開に終始している。
 なぜ靉光の絵までを破損させたか、鉄パイプを振るった男のことが最後まで明確に語られないのも、焦点ボケと見える理由だ。

 この舞台では、「異端の画家」とも呼ばれた靉光が、のちに「日本人の油彩表現としてとして一つの到達点を示した」とまで言われる作品を作り出し得た理由。それがわからない。
 芸術家を描くのにその人生をたどるだけで、芸術家としての生き様をその内面にまで踏み込んで、作品が生み出された契機とそこにいたる情熱をこそ表現するべきだが、それはなされていない。
 そこと絡めてこそ靉光の人生の転換点が見えてくるはずだし、ドラマも引っぱりだせるはずだが、そこはまったく不十分だ。

 まわりに類型的な人物を配して、芸術性に生きようとした靉光の立ち位置が説明される。
 節を曲げないで社会運動に飛び込む画家、転向して戦争がを描く画家、ノンポリの画家、兵役拒否する音楽家などを通して、どんな姿勢をとるかで人の運命は大きく変わるという、時代の緊迫感は伝わってくる。
 だんだんと芸術性に生きることさえも困難になっていくという時代状況も伝わってくる。それはいい。
 しかしそれが、当時の社会状況のあり方批判のためのお膳立てにしかなっていない。そこで人物がほんとうには生き生きと動きまわらない。それが問題だ。

 戦争画の世界は、それほど単純ではない。
 軽薄に世間に追随してお先棒を担いだ画家ももちろんいただろう。だが、悩んだ末に戦争画におのれを込めて芸術にまで高めた画家もいた。靉光と対応するものを舞台に出すとすれば、そんな画家こそふさわしい。
 靉光の「眼のある風景」のパワーにあふれた批評的な姿勢は、積極的に戦争画に対峙するものだが、「自画像」の静謐さは、消極的に戦争画に対峙するものだといえよう。
 出征にあたって靉光が処分した絵画にこそ靉光を解く鍵がありそうだが、そこには突っ込まない。

 類型的な人物のテーマ丸出しの観念的なセリフが大事なところで多用されていて違和感が強い。
 テーマを直接言わなきゃという、社会主義リアリズムを誤解した固定観念に毒されている。それが俳優の身体性とかけ離れてしまい、ひどく劇的感興を削いでいる。
 プロパガンダは演劇においては、俳優の身体を通さないと有効なメッセージにはならないのに、言葉だけで届くと考えるほうがおかしい。
 主役がはみ出さない優等生で魅力に乏しいというのも、いかにもプロパガンダ演劇だ。靉光をきちんと表現しようとことよりも、靉光を通して言いたいことを言おうということを優先させる姿勢がまちがっている。

 演出は、観念的に演じようとする俳優の演技を、必死で是正したあとが読み取れる。
 戯曲の観念的なセリフが足かせになっているなかで、演技の活性化の苦労がしのばれる。若干観念的な残骸は残るのはやむを得まい。
 埃が立ったり床板が抜けたりというところはこだわるのに、衣装はこざっぱりしすぎていて破れも汚れもほとんどない。こういうところまで徹底させるべきだ。

 結局、美術館で鉄パイプを振るって絵画を破損させた男の素性と思いはわかっても、なぜ靉光の絵まで破損しなければならなかったかはわからない。
 だったらカッコつけだけでその男をエピローグやプロローグで登場させるべきではない。作家自らの靉光理解があるならば、なぜ靉光の絵まで破損しなければならなかったかを語れたはずだ。

 この舞台は、福岡市民劇場9月例会公演で6日から13日まで7ステージ。ほぼ満席だった。


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