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《2012.4月−1》

ブルック版「魔笛」を堪能
【ピーター・ブルックの魔笛 (ピーター・ブルック)】

原曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト 翻案:ピーター・ブルック、フランク・クラウチック、マリー=エレーヌ・エティエンヌ 演出:ピーター・ブルック
1日(日) 15:05〜16:40 北九州芸術劇場 中劇場 6000円


 スッキリした中にズシーンと来るものもあるという、出色の舞台。老境のピーター・ブルックの、削り上げられ静謐なまでに磨き上げられた舞台を堪能した。
 1973年に日生劇場でピーター・ブルック演出の「真夏の夜の夢」を観てからほぼ40年後に、それと対極にあるようなこの舞台を九州で観られたことは、ほんとに幸せだ。

 モーツアルトのオペラ「魔笛」のピーター・ブルック版。
 王子タミーノが、夜の女王から娘パミーナとの結婚を餌に、神官ザラストロに捕えられているパミーナの救出に向かうのだが・・・。

 上演時間3時間のオペラを1時間半で上演しているが、よけいなものだけを削ぎ落とすことで、生き生きしたところが実にうまく引っ張り出されていた。
 ブルック版のオペラは、形式化された歌劇場の大掛かりな公演を嫌ったブルックが、「カルメンの悲劇」において開発した、飾りを切り捨てて本来のドラマを残すように再構成する手法によるものだ。ブルックは「こうすればいちばんみごとな楽節が残りますが、それは小ぢんまりしたかたちでしか味わえないものです」と述べている。
 だからこの舞台には、既成のオペラ概念から離れて、じっと目と耳と心を澄ませて舞台に向かった。ものすごく豊穣なものがそこにはあった。
 以前「カルメンの悲劇」の来日公演を観たときには、そのような作品のコンセプトがわからなかったのでうまくつかめないところがあったが、今回の「魔笛」ではブルック版オペラのすばらしさ楽しさを満喫できた。

 主要な役を7人の歌手が演じる。それに2人の俳優が加わっていくつかの役と黒子をやる。音楽の伴奏はピアノ1台だけ。舞台装置は立てた40本ほどの細い竹の棒と4本のやや太い竹の棒だけで、それらを若干移動させるだけで場面を変える。照明も大きなメリハリをつけることはない。衣装は平服で、カツラはおろかオペラらしいメイクもない。
 そのようなコンパクトな形での上演のために、狂言回し役である夜の女王の3人の侍女と3人の童子は登場せず、2人の俳優のセリフがそれに代わるので、舞台転換も速い。理解のためのキーワードはセリフにキチンと盛り込まれている。
 そのようなシンプルな舞台だからこそ、形式の垢にまみれて見えなくなっていた繊細なところまでを心地よいテンポで表現していて、たいくつさせられることはない。

 夜の女王に教唆されてタミーノが倒そうとした神官ザラストロが実は善人だった―というように、途中で善玉と悪玉が入れ替わる。その間違いを償い再生しようとするタミーノと、善と悪と恋の狭間で苦しむパミーナとのやや陰鬱な話がメインだが、それを道化的なキャラクターのパパゲーノがユーモラスに盛り上げてバランスを取っている。そんな、オペラにしてはけっこう込み入ったストーリーを、演者の歌とセリフで軽々とたどっていく。
 歌では、夜の女王(レイラ・ベンハムザ)の2曲のアリアが聴かせた。俳優並みに鍛え上げられている歌手たちの動きがなかなかいいが、それをさらにユーモラスな演技にまで高め哀愁までを感じさせたパパゲーノ役のヴィルジル・フラネが楽しませてくれた。パミーナ役のランカ・トゥカルバの気品のある美しさも印象に残った。

 この舞台は北九州ではきのうときょうで2ステージ。満席だった。


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