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《2012.5月−3》

つか芝居の雰囲気を感じさせてはくれたが
【熱海殺人事件 売春捜査官 (上町クローズライン)】

作:つかこうへい 演出:宇都大作
4日(金・祝) 15:00〜17:00 西鉄ホール 共通チケット15,000円


 つかこうへいに少しでも迫ろうという劇団の熱意が、このコピー芝居の精度を上げていて、つか芝居の雰囲気を感じさせてくれたが、不満も多い舞台だった。

 熱海で、大山金太郎はなぜ山口アイ子を殺したのか。
 取り調べる警視庁の木村伝兵衛部長刑事は女性で、鹿児島出身の戸田禎幸刑事はゲイ。そこに八王子署から転任してきた熊田留吉刑事は木村伝兵衛部長刑事のモトカレ。
 なかなか始まらない捜査にイラついた大山金太郎は、立派な犯人にするように刑事たちをけしかけ、犯人と刑事たちで事件の再現を始める。
 再現劇で登場する山口アイ子と在日朝鮮人・李大全をはじめ、大山金太郎も木村伝兵衛部長刑事も熊田留吉刑事も五島出身で、近しい関係だったことがわかってくる。それらの人物の関係を解きほぐしてその思いを描き、貧困差別や女性差別やホモ差別や在日朝鮮人差別を暴き出していく。

 この舞台は、つか芝居を体現するために、つか芝居のコピー芝居として作られたはずだ。
 だから、コピーの精度がいちばん重要なはずで、この舞台を通してオリジナルの大分つかこうへい劇団「熱海殺人事件 売春捜査官」が透けて見えてきたら成功、というように評価することにした。
 オリジナルの舞台は、他のつか作品と同じように口立てで作られている。だから、俳優とその演技の関係はあて書きよりもさらに濃密だ。そのような、オリジナルの属人的な演技までを含めてどこまでコピーしているかを見る。コピーの精度の評価は、当然にテクニカルにも及ぶ。
 評価の結果は、つか作品に心酔した代表・宇都大作の熱意が勝って、核となるところはよくコピーされていたが、不満な点も少なからずあった。

 大きく見ると、前半がかなり雑駁で、後半はかなりよくなっている。
 前半は大きく開いていく展開で、怒号ともいえるセリフが飛び交い、動きも激しい。そこへの俳優の乗りが悪い。セリフに力がなく動きに勢いが乏しく切れも悪く、テンションが維持できずにときに寒々とした舞台になる。どぎついセリフはどぎつく語られないとセリフ本来の力が出ない。照明も音響もやっとついていっている感じで、うまく効果が発揮されない。ケイコ不足もあるようでかなり不満が残るが、かろうじて乗り切ったという印象だ。
 後半は再現劇の場面が多く、じっくり見せる分前半より取っつきやすくなった。演技が安定してきてブレも少なくなり、急転して変わっていくそれぞれの場面がクッキリとしてきた。ケイコも前半よりは十分になされているのがわかる。オリジナルに近くなった。
 俳優では、木村伝兵衛役の春田早希奈が美人で大柄な肢体で、情感の表現もなかなかいい。大山金太郎役の米田翔太も合っている。戸田禎幸刑事役の宇都大作は李大全を演じる後半の再現劇で実力を見せる。
 演出はほとんどがコピーだが、途中でダスキンおじさんが登場するのはこの舞台オリジナルだな。伝兵衛の、頭にぶつけての大根割りはなし。戸田禎幸刑事の出身地を大分から鹿児島に変えていたが、ついでならオリジナルのように刑事の名前を役者の名前・宇都大作としたほうがよかった。

 そんなふうにこの舞台は、オリジナルの舞台をかなりよくコピーしていて、つか芝居の熱さを味わせてくれた。
 さらにそのことで、この作品に籠められた作者の強い思いと、それを表現するために駆使されたテクニックのすごさも改めて認識した。強いテーマを少数の登場人物で重層的に表現していることは、この作品が初期の「熱海殺人事件」とは違った作品になったと考えたほうがいい。韓国でつか自身が演出した韓国人俳優による上演作品に「売春捜査官」を選んだことも、つかのこの作品に対する愛着を示している。もっとも、その舞台が韓国人に受け容れられなかったことは、NHKで放送されたドキュメンタリーで見た。
 つかこうへいは、ド派手な芝居の嚆矢として小劇場から出発して、社会現象にまでなった。その方法論が古くなったとは思わないけれど、それでもその魅力は属人的で、つか自身の演出でないと観る気がしないから、今後観ることはないだろう。今回の舞台は福岡演劇フェスティバル参加作品ということで例外的な観劇になった。

 梁木靖弘氏が1994年に西日本新聞に書かれた5回シリーズの「つかこうへいの時代」のコピーがパンフとともに入場者全員に配られていて参考になる。
 終演後、1時間弱、いのうえひでのり氏を特別ゲストに迎えてのアフタートークがあって、楽しかった。
 この舞台はきょう1ステージ。少し空席があった。


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