ゴーゴリを引っ掻いてみた、という舞台だ。
4日間で作った舞台だと知っていて観ればそれなりに面白いが、ごく普通に観ればゴーゴリにはじき返されたという舞台で、作品の質としては物足りない。
陸地から隔絶された島にある精神病院。そこにゴーゴリ(病)がやってくる。
院長は、ゴーゴリ(病)を隔離して医者たちとの接触を断ったのだが、ゴーゴリ(病)は他の患者に伝染して・・・。
中屋敷法仁のゴーゴリの捉え方は、オーソドックスだ。
ゴーゴリの世界をまとめて表現するとしたら、舞台は精神病院しかない。患者も医者もゾンビというのもいかにもゴーゴリの世界。狂言回しを噺家にしてゴーゴリの語り口をまねぶ。
そのあたりを才気煥発、センスよくうまくまとめていて、それなりに楽しめはする。だがそれは、あくまでも切り方と切り口で見せる面白さであって、ゴーゴリ本来の面白さ・凄さにまでは分け入らない。
この「ゴーゴリ病棟」の戯曲には最初から、4日間で作られる仕掛けを仕込んでいる。
それは、集団演技を基本とし、キッチリと作り上げられた音楽に集団演技を乗せて、テクニカルで強調しながら場面を進める。そのような、舞台をパターン化する枠組みを設定している。
だが、そこから来る制約がこの舞台の自由度を阻害していて、深く切り込めずに表面を引っ掻いたような面白さに終始してしまった。短期間で作り上げる舞台が名作になる可能性もあると中屋敷法仁は言うが、それはものすごく偶然にしか生まれ得ないものだろう。
10人の出演者のうち、柿喰う客の俳優は3人で、残りの7人はオーディションで選出された。
全員同じスタートだというが、柿喰う客の俳優とオーディション組の差は最初から折込済みで、柿喰う客の俳優が主要なところを演じて全体を引っぱっていく。オーディション組は着いていくのがやっとという印象で、声も動きも切れが悪く柿喰う客の俳優とは明らかな差がある。そのような切れの悪さが場面を十分には際立たせず、ラスト近くのどんでん返しのインパクトも弱くなってしまっていた。
結果的に見てこの舞台は、中屋敷法仁のゴーゴリ・アプローチの一段階にとどまり、完成した一晩物の芝居にはなりえていない。
もともとこの企画自体が、作ることが目的ででき上がった作品の質を問わない“コミュニティ演劇”(わたしの造語で“コミュニティダンス”の演劇版)であるから、「柿喰う客公演」と謳ってはいけないのだ。
この舞台はFFAC企画 創作コンペティション 『一つの戯曲からの創作をとおして語ろう!』vol.3 最優秀作品賞受賞団体公演で、25日から27日まで5ステージ。ほぼ満席だった。