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《2012.5月−13》

奇をてらわずにキッチリと練り上げた舞台
【ラ・マンチャの男 (東宝)】

脚本:デール・ワッサーマン 作詞:ジョオ・ダリオン 音楽:ミッチ・リー 演出:松本幸四郎
26日(日) 17:05〜19:15 博多座 3,500円


 名作ミュージカルをオリジナルに近い形で、奇をてらわないでキッチリと練り上げたという舞台だ。セルバンテス、ドン・キホーテの思いがじっくりと伝わってくる。

 16世紀のスペイン・セビリア。作家セルバンテスは教会を冒涜したという疑いで投獄される。
 セルバンテスは、牢名主はじめ囚人たちに自分の立場を説明するために即興劇を提案。囚人たちを「ドン・キホーテ」の物語に巻き込んでいく。

 このミュージカルは、セルバンテスが小説「ドン・キホーテ」を着想したのがセビリアで入牢中であった、という事実に想を得ている。
 このミュージカルでは、まずセルバンテスと牢獄の囚人たちの世界があって、その上に劇中劇の田舎郷士キハーナの世界があり、さらにその上にキハーナの妄想としてのドン・キホーテの世界があるという多重構造になっている。
 開幕してまもなく、天井に近い高い位置から降りてくる長い長い階段が、世間から隔絶していて世間に戻れないかもしれない地下の牢獄の厳しさを象徴する。

 牢獄の世界、郷士の世界がリアルに描かれていて舞台は暗い。
 妄想の世界である「ドン・キホーテ」の、風車の場面、ムーア人のエピソード、鏡の騎士などの話は短く笑劇風に演じられ、その表現もまた抑制が効いていて荒唐無稽ではない。そんな抑えた演出のためもあって、かなりたいくつなところもある。
 そんななかでいちばん強調されているのが、ドン・キホーテが貴族の女性ドルシネアと誤解して想い姫と慕う宿屋の下働きで売春婦のアルドンサへの、滑稽だが誠心誠意の献身だ。それがアルドンサの心を動かして彼女は変わる。その直後にアルドンサが男たちによって陵辱されるシーンは壮絶だ。
 それでも彼女の心は元には戻らない。そのことが、ドン・キホーテを、キハーナを、セルバンテスと牢獄の囚人たちを変えていく。ドン・キホーテの気狂いじみた信念と行動力が、それぞれの世界の現実を揺り動かす。アルドンサのおかげで、キハーナはドン・キホーテとして死んでいく。アルドンサによって、多重構造がみごとに串刺しにされて繋がる。

 セルバンテス、キハーナ、ドン・キホーテを演じる松本幸四郎の演出は、オリジナルの演出に近いといわれる日本初演のエディ・ロールの演出を基にしていて、決して奇をてらわない。そのことがいい効果を生んでいる。
 激しい演技があるのはアルドンサの松たか子だけだが、その松たか子の全体的には抑えながら短い時間に噴出させる演技がすばらしい。
 舞台上の上手と下手に分れて陣取っているバンドの演奏が、いかにもミュージカルを観ているという気分にさせてくれるのもうれしい。舞台に夢中になるとバンドのこと忘れてはいるが。

 東宝の「ラ・マンチャの男」は、当時26歳の松本幸四郎主演で1969年に初演、以降40年以上に渡って演じ続けられている。松本幸四郎70歳の誕生日となる8月19日に通算公演回数1,200回に到達する予定だという。
 この舞台は博多座では、5日から28日まで29ステージ。ほぼ満席だった。


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