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《2012.10月−2》

とても楽しめる、輸入ミュージカル
【ダディ・ロング・レッグズ〜足ながおじさんより〜 (東宝)】

原作:ジーン・ウェブスター 脚本・演出:ジョン・ケアード 音楽・作詞:ポール・ゴードン
3日(水)19:00〜21:50 福岡市民会館 大ホール 5,000円


 とても楽しめるミュージカルで、一見和製ミュージカルの感じだが、これが輸入ミュージカル。こんなレベルの日本発のオリジナルのミュージカルを観てみたいが、彼我の差はあまりにも大きい。

 孤児院に暮らす18歳の少女ジルーシャ(坂本真綾)は、ミスター・スミスという大金持ちから大学での勉学を保証するという支援の申し出を受ける。条件は、"月に一度手紙を書くこと"。
 申し出を受けて大学に進学したジルーシャは、心を躍らせ手紙を送り続ける。ミスター・スミスことジャーヴィス・ペンドルトン(井上芳雄)は、毎回はつらつとした手紙を送ってくるジルーシャに惹かれていく。

 久々に充実したミュージカルの舞台を観た。
 原作を読んでないないので原作との仔細な差異はわからないが、原作の持つドラマとしてのツボをみごとに押えきっただろう舞台だ。
 この舞台のオリジナルは、2009年にアメリカで、脚本・演出:ジョン・ケアード、音楽・作詞:ポール・ゴードンにより作られて上演されて、高い評価を受けている。
 今回の日本での上演に当たっては、演出を日本の演出家に任せるような半端なことをせず、演技も若干日本的だが変な妥協をしていない。だから、輸入ミュージカルにありがちな甘さや臭さが払拭されて、オリジナルと言ってもほどに違和感のないスッキリと質の高い舞台になった。特に、歌詞が非常にこなれていて翻訳とは思えないほどだった。6人のバンドの演奏もいい。
 それにしてもよくできた2人芝居だ。出演者が増えると脇(役)の甘さが出て舞台の質が低下してくるから、2人だけだからこそ質の高さが確保できてよかったのかもしれない。

 舞台には、奥にジャーヴィスの書斎の背の高い本棚が広がり、その上手と下手に大きな窓。ジャーヴィスは主にそこにいる。手前には大きな洋服箱や大小のトランク。ジルーシャはほとんどそこにいて、衣装はトランクなどから取って着替える。洋服箱やトランクは組み合わせて舞台装置になる。舞台全体は暗くて、演技する場所だけ上から照明が当たる。
 2幕構成の実質上演時間2時間半近い長い舞台で、セリフは手紙の文言がたっぷり。楽曲は30曲ほどでデュエット曲もあるから坂本真綾と井上芳雄はそれぞれ20曲も歌うことになる。セリフはていねいでわかりやすい。楽曲も爽やかなものが多かった。
 坂本真綾のセリフは、キレがいいがとんがったところはなくて説得力がある。歌は少し力強さには欠けるが、これもじっくりと聞かせる。井上芳雄は押出しのいいセリフで歌にはパンチがあって、この2人の組み合わせは絶妙だ。

 舞台は、女性作家の原作らしい細やかさでジルーシャの成長を描いていく。
 第1幕の後半で、嫉妬に駆られたジャーヴィスがジルーシャの前に姿を現すが、ジルーシャにはジャーヴィスがミスター・スミスだとはわからない。その状態で進んでいく話はスリリングで惹きつけられる。
 ラストは、対等の恋愛関係になるために「感謝」の壁をどう越えるか。そこもあせらずにゆっくりと見せて納得させてくれた。

 この舞台が今回の上演の大千秋楽。10分近く続いたカーテンコールでは客席総立ちで、ほぼ満席の観客の本気の拍手が続いた。井上芳雄のファンと坂本真綾のファンが入れ混じっていて、客層は多彩だった。この舞台は評判がよくて、来年初のアンコール上演が決まったようだ。
 こんないい舞台なのに、上演環境には不満が多い。600席のシアタークリエ用に作られた舞台を1800席近いホールで上演するのがそもそもムチャだ。やむを得ずそんなところで上演するのならば、600席を超える後方の席は大幅に安くするべきだ。キャナルシティ劇場のほうがまだいいが、他の劇団が上演中でこの舞台には使えない。福岡ほどの都市に本格的な舞台を上演できる劇場があまりに少なすぎるというのが、この公演の上演環境のいびつさからもよくわかる。


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