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《2012.10月−5》

ファルスだな、これは
【満月の人よ (トム・プロデュース)】

作・演出:東憲司
7日(日)18:05〜19:40 大野城まどかぴあ 大ホール 2,500円


 竜頭蛇尾というか、打ち上げるだけ打ち上げておいて梯子を外されたという感じ。打ち上げ過程が芸達者な俳優の演技でおもしろかったので、まったくつまらないというわけではないが、ドラマとしての詰めの甘さにはウンザリした。あるいはファルスを狙ったのか。

 新幹線が博多まで開業した1975年ごろの、福岡県の山間の天狗伝説がある村。自分と子供をすてて男と出奔した妻の事件を、トリモチ職人の夫は天狗の神隠しだと信じようとしてて生きてきた。27年ぶりに戻ってくる妻からの復縁を受け容れた夫は、妻の着く日に息子を家に呼ぶ。その日に、神隠しにあいたいとこの村にやってきた若い女が、夫の家に紛れ込んできた。

 篠栗とか若杉山らしき地名がチラチラと聞こえてきたから、天狗伝説がある村とはそのあたりか。妻が失踪したのは1940年代で、戦後すぐのことだ。
 若杉山中の天狗岩は岩見重太郎が兵法や武芸を学んだ場所だと言われているらしい。若杉山も英彦山のように、全国から天狗が集まる場所だったのだろう。山にはけっこう不思議なことがあるから、霊力の強い場所は信仰の対象になるし、そこに住む人知を超えた天狗や鬼が信仰の対象になる。
 天狗伝承のリアリティが気にはなったが、ここは民間信仰的に天狗を信仰の対象にしていると人がいたということだろう。1975年あたりまでもそんな信仰が生きのびていたか疑わしいが、ここは作者の設定に乗って天狗を信仰している人の存在を信じることとしよう。
 トリモチ職人の夫は長い間、妻の失踪を天狗の神隠しだと信じ込もうとした結果、天狗信仰は高進してきた。天狗を信じたい若い女が来たことで、その天狗信仰が家族を巻き込んで噴出する。

 若い女(川ア初夏)の出現によって勢いを得た夫(村井國夫)の天狗信仰が、妻(岡本麗)や息子(池田成志)を巻き込んでいくやりとりは、芸達者の俳優が入り乱れて丁々発止、とてもおもしろい。
 村井國夫は、田舎のゆったりとしたやさしい純朴な人物をうまく表現していて、天狗信仰の意欲が突出するが、全体的に受けの演技のうまさはさすがだ。岡本麗は、ずうずうしいんだけど憎めない女をうまく形象していた。池田成志は、ツッコミ役で本音の激しいセリフがポンポン飛び出す。
 九州出身の3人がキレのいい福岡弁のセリフで勢いよくからんで小気味よく笑わせるので、それにつられて実際はありえないような設定を受け容れてしまう。

 そんなふうにこの舞台、勢いのある展開でうまく打ち上げるのだが、そのあとがどうにも続かずに停滞してしまう。
 満月の人とは天狗のこと。満月の夜に夫が天狗を体現する天狗化けをしても、新しい状況が開かれるわけではない。このときすでにそれぞれの問題はほとんど解決しているように見えるのでそう感じるのだが、根本的なことがほんとうに解決したわけはないないという割り切れなさが残る。そこまで天狗化けは切り込まず、その後の展開もない。
 翌朝には息子と若い女は晴れ晴れと帰っていくが、大事なものが掘り起こされないままに終わっていいの?と不満がくすぶる。蛇尾と感じる理由だ。
 結果として、俳優の個性と絡みのおもしろさだけを強調したファルスとしか感じられず、ドラマとしての構成の弱さが目立った舞台だった。

 この舞台は福岡ではきょう1ステージ。会場が広いためもあって、後方にかなり空席があった。


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