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《2012.10月−10》

ダイナミックな舞台
【蟹工船 (東京芸術座)】

原作:小林多喜二 脚本:大垣肇 演出:印南貞人・川池丈司《村山知義演出による》
10月22日(月)12:35〜16:15 ももちパレス 3,430円


 古臭い印象はあるものの、初演の舞台に込められた村山知義の気迫がいまでも感じられるダイナミックな舞台だった。

 原作は1929年に発表された小林多喜二の小説「蟹工船」。
 蟹工船とは、カムチャツカ半島沖海域で行われた北洋漁業で使用される加工設備を備えた大型船のことで、カニを捕る小型船である川崎船を搭載している。
 船には貧困層から募集した多くの出稼ぎ労働者が乗り込み、4ヶ月にもわたり劣悪な環境の閉鎖空間で過酷な労働を強いられる。耐え切れなくなった労働者は、団結して立ち上がる。

 この舞台は1968年の初演時の村山知義の演出を踏襲している。
 小林多喜二と親交があったという村山知義が作った構成をもとに大垣肇が脚本を書いたらしいから、脚本の段階から村山知義の演出意図が組み込まれていて、劇的な効果を求めて原作をかなり膨らませている。
 村山知義は1901年の生まれで、小説家・画家・デザイナー・絵本作家・劇作家・演出家・舞台装置家・ダンサー・建築家などをこなし、そのいずれもが一流という超人的な芸術家だ。その活動は1920年代から30年代が最盛期で、戦争により中断された。
 戦後の演劇活動は1959年に結成して主宰した東京芸術座を中心になされた。この時期の村山知義はイデオロギー的には共産主義とリアリズムに凝り固まってしまったという印象があるが、この「蟹工船」は村山知義本来のバイタリティを感じさせる舞台になっている。

 幕が開いて驚くのはその舞台装置だ。
 大きなマストがドンとそびえている甲板の装置は、象徴的な力強さとリアルさが混在していて構成主義的な雰囲気がある。
 水平線を動かして船の揺れを表現するのだが、船に乗っているような感じになる。甲板の場面と船室の場面の転換が、原作の朗読が流れている短い時間に実に鮮やかになされる。
 30人以上の人物が登場する群集劇だが、ほとんどの登場人物に役名があり、それぞれの個性はていねいに描かれる。それらの人物が舞台装置の中で的確な位置を与えられて、その動きが集団の雰囲気を映し出す。

 そんな風にとても楽しめる舞台ではあるが、劇的な効果を求めての原作の改変に違和感を感じるところもある。
 原作とのいちばんの違いは、漁業会社の重役を登場させたことだ。無慈悲な監督の解任を実際に舞台上で見せたいというのが登場させた動機だろう。そのために、重役に内情を話そうとした学生が監督に殺されるという話が加わった。さらに、監督が解任されて重役が代行するということになった。
 監督が獰猛な顔をしているのはいいとしても、重役もいかにも悪人面だ。そのあたりの発想が単純すぎる。重役を登場させるなら楚々としていてこそおもしろい。重役と監督とでは身分がまったく違うから、重役が監督を代行するということがあるとも思えない。そのあたりリアリティを削いでいるから、ほんとに重役を登場させてはいけないのだ。

 抵抗運動のリーダーたちが軍艦に収容されたあと、全労働者が団結して再度闘うことを決意するシーンで終わる。ラストはいかにもプロパガンダ調だが、気迫にはあふれている。
 この舞台は福岡では16日からきょうまで8ステージ。わずかに空席があった。


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