福岡演劇の今トップへ 月インデックスへ  前ページへ 次ページへ


《2014.11月−15》

たっぷりとゆったりと
【笑う門には福来たる 〜女興行師 吉本せい〜 (松竹)】

原作:矢野誠一 脚色:小幡欣治 脚本:佐々木渚 演出:浅香哲哉
27日(木)11:00〜14:35 博多座 4,000円


 かなり美化された吉本せいの生涯を、藤山直美がたっぷりとゆったりと見せてくれた。清新さを欠く脇のキャスティングが不満だが、藤山直美を引き立たせる座組みだと思えば納得がいく。

 吉本興業の創設者で、稀代の興行師であった吉本せいの生涯を描く。

 原作は、矢野誠一「女興行師 吉本せい」。それが、小幡欣治の脚色によって「桜月記 女興行師吉本せい」として1992年に東京宝塚劇場で上演された。東宝の製作で主演は森光子だった。今回の佐々木清の脚本はその小幡欣治の脚本を元にしている。東宝で作られた吉本興業についての芝居を松竹がリニューアル上演する―という、ライバル関係にある三大興行資本を繋ぐような舞台だ。“協力 吉本興業(株)”とある。
 お笑い王国よしもとの創設者とはいっても、吉本せい自身がおもろいことをするわけではないから、藤山直美主演の舞台としては珍しく喜劇の要素のない根性ものの一代記となっている。

 オープニング、戦前から現在までの吉本興業のたくさんの芸人たちの画像が、時代を追って映し出される。漫才・落語をはじめ、むかし吉本新喜劇で活躍した芸人、いまテレビで活躍している芸人と、その多彩さを改めて感じさせらる。だけど、この舞台では吉本興業の芸人たちはその画像だけでゲスト出演はなく、キャストはフリーの俳優と松竹芸能の芸人たちがつとめる。
 舞台は全3幕。第1幕が夫・吉兵衛とともに寄席経営に乗り出す時期で、桂春團治をメインに文蔵・団六などの落語家たちとの関係を、第2幕が夫の死後に弟・正之助らとさらに寄席経営を展開させて成功者となる時期で、政治家・辻阪信次郎との関係を、第3幕は戦中・戦後の晩年期で、息子・頴右との関係をメインにして描く。娯楽劇らしくちょっと笑ってかなり泣いてときどきジーンときて最後は気持ちよく終わるために、吉本せいは当然のことながらかなり美化されている。

 この舞台では、人気絶頂の桂春團治を取り込むために必死に懇願した、としているが、原作によると浪費癖の春團治が借金で首が廻らなくなるのを待って2万円の前借金で春團治を釣ったというのが真相のようだ。ここは真相のほうが圧倒的におもしろい。
 政治家・辻阪信次郎との関係についても、この舞台ではいかにも純愛のような描き方だが、実際は裏社会も絡むような金と利権の世界で互いに利用しあっていたというのが正しい。辻阪信次郎が留置所で自殺したのでせいは救われる。裏社会のことでいえば、吉本興業に反旗を翻して東京に出た桂小春團治を暴力団風の男が襲ったというが、せいが生き抜いたのはそういうことまである厳しい世界だ。当然ながらそのようなことにはこの舞台は一切触れない。
 後継者として期待していた息子・頴右が、笠置シズ子と恋愛して笠置シズ子は頴右の子を身ごもるが、せいはふたりの結婚を決して許さない。頴右が25歳で急逝してその恋愛は終るのだが、原作ではせいが結婚を許さなかった理由を息子への独占欲からとしている。せいの孫を笠置シズ子が生んでいることをはじめて知った。

 そういうふうに、原作を脚色した小幡欣治はせいの人生から牙を抜いて心地よいところを情緒的に強調した。それでもせいの生き様はある程度は見えてくる。
 藤山直美(せい)は、ちょっとしたしぐさに喜劇的な動きを入れて楽しませてくれる。あおい輝彦(吉兵衛)、林与一(春團治)、石倉三郎(文蔵)、いま寛大(団六)はいずれも70歳前後で、味があるのはいいがキレのいい演技とはちょっといえない。市川月乃助(正之助)のキビキビした若さが際立っていたが、それでもやや大味だ。幕間に挿まれるミヤ蝶美・蝶子の漫才が楽しかった。

 この舞台は博多座では6日から28日まで36ステージ。ほぼ満席だった。


福岡演劇の今トップへ 月インデックスへ  前ページへ 次ページへ